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弟を迎えに
コンビニであったかいカフェオレを買った。外に出ると、夜空に私の息が白くのぼる。しん、とした冷たい空気が頬に触れた。
愛車に戻り、ブランケットを膝にかける。スマホで弟を拾う場所を確認。カフェオレ、ペットボトルにしておいてよかった。ダウンジャケットのポケットの中からぬくもりが伝わる。
エンジンをかけ、国道に出る。
今夜は一段と冷え込むらしい。弟にも「あったかくしておいで」と言ったけれど、準備できただろうか。
昼に病院からの電話を受けた時、私も気が動転していた。まだ働いている、元気な母が倒れて大きな手術をするとは思っていなかった。なにかあれば、近くにいる私が対応しなきゃと考えてはいたけれど、それは今日を想定していなかった。
空港に入ってすぐ、信号に引っかかった。
「送迎はこちら」と書かれたレーンの先、こっちに手を振っている男の人がいるな、と思ったら弟だった。今夜は弟を連れて実家に泊まることになっている。
弟に会うといつも「あ、大人になってる」と思う。六つも年が離れていると、小さい男の子の印象がいつまでも残っている。
たとえば彼が中学生の頃、私は県外の大学に通っていた。ある年の夏、帰省したら弟の背が伸び、声が低くなっていてぎょっとした。
私は実家から車で一時間の地方都市に就職し、入れ替わるように弟は東京の大学に通い、そのまま向こうで就職した。弟を可愛がっていた母はがっかりしていたが、私は「うまくやったな」と思った。
同じように都会に出た友達は初任給からして違った。東京ならできることも段違いだろう。便利で、新しい世界で弟は暮らしている。いいことだ、と恨むでもなく、そう思った。
あれから数年が経ち、弟は今年の春に結婚した。標準語を話す、綺麗な女の人と。
母のことを、どう彼女に伝えてきたのだろう。
信号が変わり、私は彼の前に、ゆるやかに車を停めた。後部座席のドアを開ける。
彼は乗り込みながら、
「姉ちゃん、迎えありがとう。
こっち寒いね」と言った。
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