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「狭いね。」 本当にな。 「何でこんなところに来ちゃったんだろうね?」 さぁ。 これはもう幾度となく交わされた会話。 返事がないのを汲み取った彼女は「そうね、ごめんね。」と呟いた。 「いや、構わないさ。」 ため息のような彼女の吐息が首筋にあたる。この部屋は、本当に狭い。 夫婦二人が暮らすには無理があるほどに。 「そうだ、今日のご飯何がいい?」 気を紛らわすように彼女が云う。 そんなものはないだろう。 「あるわけないだろ」 「…そう言うのね。」 君だって。 わかってるくせに。 笑いながら彼女が脚を伸ばす。そして俺の背につま先が触れる。背伸びだ。 「…ねぇ、あなた。」 なんだい? 「私たち、いつ出られるのかしら?」 さぁ。 「さっきもそれ云った。」 仕方ないだろう。俺にだって見当もつかないさ。 「…私たち、いつ死ぬのかしら?」 やめてくれ、縁起でもない。 「だってそうじゃない。」 彼女があおぐように上を向く。 「今日で餌を与えられなくなって、何日め?」 …三日と、二時間だな。 「あら律儀ね。数えていたんだ」 あぁ。俺たち、今までも生きるのに必死だったからな。 「ふふ、あなたらしい。」 それ褒めてるのか? 「そうに決まってるじゃない。」 りりりりり。 まるで笑い声ような…少し掠れた声で彼女は鳴く。 「この、瓶の中から出たら、どこに行く?」 またあの草原にでも行こうか。あそこならうまい食べ物がたくさんあるだろう。 「えぇ。あそこなら、冷たいガラスの床なんかじゃなく、ふわふわの土もあるしね。」 りりり、りりりりり。 秋、勉強机の上。 子供の虫捕りの犠牲となった二匹のコオロギは、今日も鈴音色の声を響かせている。
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