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今朝出勤した直後に、生理がきた。
流れ出る血とともに、これまで治療に費やした時間もお金も痛みも辛さも、すべてが無駄になり流れていった。妊娠していなかったのだから、すべてが。
生理予定日よりも二日遅れているだけで、期待していた今朝までの自分がバカみたいだった。待ちきれなくて、フライングで妊娠検査薬をして。陰性だったのに、まだ印の出る時期じゃないからだと希望を持って。自嘲で頬が引きつった。
なにより四つ年下の夫に申し訳なかった。男性なら、三十五という年齢で検査に問題がなければ、不妊治療でなくてもきっと子どもを作れるに違いない。
気だるく重い手でのろのろと、ポケットからスマホを取り出して夫の亮介へのメッセージを打ち込んだ。
『妊娠してなかった。ごめん』
事実が文章になると、改めて絶望感が押し寄せてきて、送信ボタンの手前で親指が固まった。
妊娠してなかった――その文字をずっと眺めていたら、画面が暗転してハッと我に返った。タップして現れたロック画面に大きく表示された時刻は、昼休憩の終わりを告げている。
いつまでも気分の底で打ちひしがれているわけにもいかないのだ。新商品の開発リーダーを任されている私のやるべきことは今、企画部との擦り合わせと部下のフォローだった。
歯を食いしばって、亮介へのメールを送信した。経血に染まったナプキンを取り替えて、私はトイレを後にした。
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