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午後一番に予定していたミーティングを前に、グループメンバーの鈴村がスマホを片手に焦った様子で駆け寄ってきた。
「新井さん、すみません」
申し訳なさそうな、でも急いで済ませたいような表情を見た瞬間に、このあと言われることが予想できて、聞く前から心の中に不満が注ぎ込んできた。
今朝からずっと飲み込んできた悲しみに注ぎ足されて、つい頭が熱くなった。
「保育園から連絡があって――」
「また?」
被せるように言ってしまってから、まずい、と思った。普段と違う対応に鈴村の顔も一瞬にして凍りつき、私の熱くなった頭からは一気に血の気が引いていく。呆然としたままごめんなさい、と一言謝ると、鈴村は目を伏せて、いえ、と返した。
「息子が熱を出してしまったので、申し訳ありませんが早退させていただけますか」
鈴村の、一段低くなった声が重く響いた。自己嫌悪が身体じゅうを侵食してくる。
「……わかったわ。フォローはするから、気にせず帰って」
ありがとうございます、と鈴村は下げた頭のまま踵を返してデスクへ戻った。周囲の同僚に、すみませんと何度も会釈しながら、鈴村は荷物をまとめて小走りに去った。
最悪だ。彼女の生活と、私の現状は関係がないのに。リーダーとして失格だ。
亮介と結婚したばかりだったころの、彼との会話が頭をよぎった。
「リーダーに抜擢されたんだし、欠けたぶんも頑張らなきゃ」
仕事に熱をいれる私を、亮介はいつも笑って応援してくれていた。
「人手不足にも前向きで、アキちゃんはえらいなあ」
鈴村が産休に入るとき、この商品開発部には人員の補充がなかったのだ。
「だって子は宝でしょ? 子育てって社会の責務だよ。子どもには未来があるからね」
できるなら、あのころの能天気で心の広い私に戻りたい。
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