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私の責めるような問いかけにも、亮介の瞳には後ろめたさの欠片もない。
「違うよ。ただ、アキちゃんが、仕事が忙しいなか予定こじ開けて通院して、治療の痛みに苦しんで、今日みたいにひとりのときにショックを受けて、っていうのを見てると……他の生き方も考えてみてもいいと思ったんだよ」
「他の生き方……」
呆けたようにオウム返しをする私を、いつになく真剣な表情で、亮介は見据えた。
「子どもを生むだけが人生じゃないよ」
あっ、と思った。その言葉で気づいた。亮介は引き止めているんじゃない。私の視界を広げようと必死なのだ。
自分でも薄々勘付いていた、「妊娠」というゴールしか見えない視野の狭まりを。妊娠するまで抜け出せないような治療のループに、流れされるように入り込んでいたこと。だって、
「諦めるのは怖いよ。時間はどんどん流れていくし、妊娠できる可能性はますます低くなってく。今治療を辞めてしまって、きっといつか後悔する」
「うん。だから、もっと話そう。治療を続けるか、続けないか。子どものいる未来といない未来、二人でもう一度たくさん話そう。アキちゃんは、子どもの未来ばかり気を取られているけど、僕たちの明日だって未来なんだから」
ああ、と胸のなかで息を吐く。亮介の言葉が、すんなりと私の腹の底に落ちてきた。
流されるのでもない。脇目も振らずただひたすら突き進むのでもない。だからといって、諦めるのでもない。確かな足どりで、時には立ち止まって悩みながら、二人並んでこの先の道を選び取っていくのだ。
そうすれば、どんなゴールに繋がっていても、きっと――
「帰ろうか」
晴れやかな気持ちになって、私は言った。亮介は、ふっと力を抜いて、微笑んだ。
「うん」
ずっと繋いだままだった手を、もう一度握り直した。歩き出す亮介に、歩幅を合わせて隣に並ぶ。
「……ありがとう、亮介」
うん?と小首をかしげる亮介は、いつも通りちょっと頼りなくて柔らかい空気をまとっている。
そんな夫に笑いかけながら、私は胸のなかでもう一度、ありがとう、と呟いた。
確信できる。どんな明日を選んでも、この人と一緒なら、私はきっと――幸せだ。
〜おわり〜
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