君の死に顔を見たい

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*  握手会レポート  一回目  なんかひたすら見つめてた。陽くんは今日もお顔が素晴らしかった。  二回目  おてての大きさを比べさせてもらった。関節一つ分くらい大きかったです。 「僕、結構大きいよー」  ニコっと笑顔。私は声にならない叫びをあげながら死んだ。 三回目  最後なので、記念にあだ名をつけてもらいました。 「け、け……ケイッチ!!」  あだ名つけにくい名前なので困らせてしまいました。一生懸命考えてくれてありがとうございます。  今日からケイッチと名乗ります。  まとめ  陽くん、握手会の時ほんっとうに優しいんだけど、なんというか、幼稚園の先生みたいな話し方するんだよね……余計に知能が低下する……ハァ~もう陽くんちの子どもになりたくて無理。  握手会をコンディション良く迎えられたので、今日に向けて頑張ってきて良かった。楽しみだったから面倒でも頑張れたんだけど、また何もしなくなるんだよなぁ。一瞬で燃え尽きる女子力。  陽くんの握手会、タダなら行ってもいいかなーって人、来年私がカレンダー買ったげるから行ってみてくれ。  チェキ券当たらなかったのだけが心残りだ。  PS  エステのカルテに客の美容に対するお悩みなどを書いてスタッフで共有しているらしいのだが、私のカルテには「佐々木希になりたいらしい」とか「新堂陽のカレンダーを九冊購入した」とか赤文字で書かれているらしく恥ずかしくて死にたくなった。  思う分には自由だろうが! それとも何か、共有してみんなで力を合わせて私を佐々木希にしてくれるのか? そういうことよな!?  でもその時は佐々木希って思ったけど、今は深キョンになりたいんだよなぁ。 *  陽くんの御尊顔と一挙手一投足を思い出しながら、コタツで日記にしたためていく。大学ノートの表紙に「Diary」と書いてあるが、ものぐさな性格が災いして日記の態を成していない。何しろ一つ前の記事はちょうど一年前の握手会レポートだ。ちなみに去年は握手しながら「けーこちゃんっ」と名前を呼んでもらって悶え死んだことになっている。  スマホがLINEの着信を知らせた。誰かと思えばゆいさんだ。 『今朝夢で山田さんにすげー理不尽に叱られたんだけどキレそう』  くっだらねぇ。なんで陽くんの余韻に浸ってるこのタイミングでッ! 『ゆいさんが悪いことしたんやろ。息してたとか』 『善行の塊の俺が悪いことするわけないじゃろ』 『私は日頃の行いが良いから、帰りの新幹線でも夢の中で陽くんに会えましたよ。長距離走ゴールした後に「お疲れ様」って天使の笑みで言われてそのまま私の頭を引き寄せて直に顔面パスタに突っ込まれました。しかもナポリタンだった』 『ドMかよ』 『陽くんだったら何でもファンサービスに感じる。腰が砕けました』  送信してスマホを閉じたが、閉じた途端にまた鳴った。しつこいなぁと思ったら今度は姉から、それも電話だ。  どうせ夫の愚痴だ。構ってちゃんの姉に律儀に構ってやるほどお人よしではない。  放置していたら切れた。しかしまた鳴る。  うぜぇぇ……。  スマホをマナーモードにしてコタツの中に放り込んだ。これで音は聞こえない。ざまあみろ!  人をダメにするクッションで立派にダメになりながら、タブレットで映画を見始めた。もちろん、陽くんが出演している映画だ。  悪役の陽くんがじりじりと主人公の女の子を追い詰める。握手会でのニッコリ笑顔とは打って変わっての冷たい視線だ。ゴミを見るような冷徹な視線こそが真に陽くんの魅力なのだ。 『君は悪い子だ』  見下し、せせら笑いながら主人公を糾弾する陽くん。  そういうの!! そういうのが見たかったのォ!! そういう陽くん超絶好き!!  私も悪い子ですゴミですぅぅ!!! ゴミを見るような冷たい目線ください!!  一時間半ほど陽くんを満喫し、コタツに封印していたスマホを開くと姉からの着信がずらりと並んでいて正直ぞっとした。  最新の着信は十分前、これだけは姉ではなくゆいさんからだった。  折り返してみる。ワンコールどころかゼロコールで繋がった。 「何よあんた、私の電話には出ないくせに優一には自分から折り返すのね」  厭味の声は姉だ。  なんで? 反射的にスマホの画面を確認する。確かに発信先はゆいさんだ。 「今ね、優一と飲んでんの」  姉はスマホをスピーカーフォンに切り替えたらしく、居酒屋の喧噪がノイズとして混じる。 「おー山田か。鼻のハゲ治った?」  出たよ、ノイズが服を着て歩いている男、掛川優一。 「そっちこそ、そろそろ遺書の準備できました?」  姉が「相変わらず容赦ねーな」とゲラゲラ笑っているのが聞こえた。 「こんな夜更けにどうしたんすか。姉と飲んでんなら私を巻き込まないでよ」  ゆいさんの職場と姉の嫁ぎ先が偶然同じ県で、たまに会っていることは知っている。 「優一があんたに話あんだって」 「どーせろくでもない話でしょ」 「お前、営業職だったよな」  ゆいさんは珍しく真面目な口調になった。 「そうですけど」  担当エリアが広過ぎて平日はほとんど出張で、週末にようやく自宅へ帰ってベッドで屍になる営業職である。上司をして「山田、俺に仕事の愚痴言う時が一番饒舌だよな~」と言わしめる営業職でもある。 「うちの会社来ない?」  は? 変な声が喉から漏れた。来週飲まない? くらいのノリで言われも困るんだけど。 「働かなくて家でゴロゴロしてても給料振り込まれるなら行ってあげてもいいですよ。年収は一千万でよろ」 「いよいよ脳ミソやられましたか。お気を確かに」 「それはこっちのセリフだわ。誰があんたの会社なんか」  ゆいさんは大学卒業後、友人と三人で会社を立ち上げている。当時「取締役だぜ~」とうそぶいていたが、三人しかいないので肩書は全員取締役だし、給料も普通に就職した同世代より劣っていたはずだ。  その後八年間会社を存続させている実績は認める。しかしベンチャーと呼べば聞こえは良いが、要するに新興零細の泥船である。一方、今の職場はしんどいが、少なくとも趣味や美容に費やせる十分な給料はもらえている。 「泥船か安定か。比較になりませんよ」 「帆船くらいにはなったわ。今、社員五十人やぞ」 「幸太の会社とも取引してるっぽいよ」  口を挟むのは姉だ。幸太とは姉の旦那さん、つまり義理の兄である。 「営業部隊増員したいんだってさ。せっかくだから環境変えてみたら?」 「無責任なこと言わないでよ。会社潰れて私が路頭に迷ったら、お姉ちゃん面倒見てくれるわけ?」  言いながら、ハッと名案をひらめいた。もし面倒を見てくれるのなら転職もありかもしれない。そして首尾よくゆいさんの会社が潰れてくれれば姉が私を養ってくれる。働かなくてもよくなるではないか! 「なんで私があんたの面倒見なきゃいけないのよ」  姉は心底嫌そうにぶった切った。そりゃそうだ。 「俺の会社は潰れねーし」  ゆいさんは自信たっぷりに笑う。その能天気な自信はどこから来る。 「万が一があっても心配すんな。誘ったのは俺だからな。一生食うには困らんことを保証してやる」 「ほ~う?」  名案が息を吹き返した。 「もう一回言って? 録音しとくから」 「……お前、俺の会社潰すなよ?」  私とて、わざと潰すほどの鬼ではない。 「近いうちに佐々木希か深キョンになる山田様にかかればいくらでも契約取ってきてやるわよ」 「え、ん? ちょっと電波悪い。タコがなんだって?」 「張り倒すぞこら」  電話を切った私は、新天地の物件探しを始めた。
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