大きな「犬」

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大きな「犬」

「……香水、キツくない?」 「え?」  残業から帰った直後、彼氏がくんくんと僕のにおいを嗅いできた。 「朝、こんなのつけてた?」 「あ、いや……たぶん、職場の子の……」 「職場の子!?」  残業を一緒にやってた女の子の香水、においがキツかった。  それが僕についちゃったんだろう。  嫌だな、消臭スプレーしたらマシになるかな。    僕の説明を黙って聞いていた彼氏が、黙って僕を抱きしめてきた。  突然の抱擁に僕は驚く。 「な……!?」 「……上書き」 「え?」  僕は彼氏の顔を見る。  不機嫌そうな表情。むすっとした顔のまま、彼氏は僕を床に押し倒した。 「わあ!」 「そんなに近い距離で残業だったんだ?」 「やめてよ、嫉妬なんか……」 「別に、嫉妬じゃない」  言いながら、彼氏は僕に身体をくっつける。  まるで、自分のにおいを僕に刻み込むように。 「……なんか、犬みたい」 「何!?」  小さく呟いた僕の言葉を、彼氏は聞き逃さなかった。 「俺は、犬じゃない!」 「嫌? 可愛いよ、わんちゃん」 「俺は猫派だし!」 「そうなんだ。初耳」  いつもは格好良いのに、こういう時は可愛いな。  今度から、他人の香水には注意しないと……。  そう思いながら、じゃれついてくる大きな犬みたいな彼氏の頭にそっとキスをした。  もうすぐ日付が変わりそう。  このまま本当に、犬みたいに朝までくっついているのも悪くないな。  妬いてくれた大好きな彼氏の腕の中で、そう思った。
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