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驚いたウンベルトは止めようとしたが、マルコは「私には師匠の気持ちがわかるんです」とそれをはねのけて、なおも破壊を続けた。
その勢いに圧倒されて、ウンベルトはただ見守るよりほかに仕方がなかった。
ガサッ、ガサッと音を立てて壁が崩れていく。二か所、三か所と崩れる部分が大きくなると、その壁の背後に着色された別の壁が姿を現した。
ウンベルトは自分の目を疑った。
ほぼ二十年前に見た、師匠ダ・ヴィンチの壁画『ミラノ占領』が出て来たのだ。
それからは、ウンベルトも、鑿を手に取り一緒にルキノの壁画を壊していった。やがて、ダ・ヴィンチの壁画の全体が露わになった。右手の窓から差し込んだ夕陽の光で、その壁画はいっそう神々しいものに見えた。
マルコの両目からは涙が流れ落ちて来た。ウンベルトはぼそりとつぶやいた。
「『破壊せよ、さすれば生まれる』とは、ルキノの壁画を破壊すれば、ダ・ヴィンチ先生の壁画が姿を現すという意味だったのか」
「その通りです。師匠のルキノは、自らの師匠の壁画を、ルイ十二世から守ったのです」
ウンベルトの目にも涙がにじんだ。
「ルキノ、お前は自分が世間のそしりを受けるのを承知で、悪役をかって出たのか。俺はそんなこととは夢にも思わず、お前を『王のイヌ』と呼んでいた。俺は恥ずかしい。許してくれ、ルキノ」
そんなウンベルトのつぶやきにマルコが答えた。
「ウンベルト先生、そう言っていただけて、師匠のルキノも喜んでいると思います。ただ……」
「ただ、どうしたのだ?」
「実はまだ謎があるのです」
「その謎とは何だ?」
「なぜ師匠のルキノは自分で壁画を破壊し、ダ・ヴィンチ先生の壁画を表に出すことをしなかったのでしょう?」
ウンベルトはしばし考えてから口を開いた。
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