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「今の私にはルキノの気持ちがよくわかる。確かに、ルキノは師ダ・ヴィンチの壁画を守りたくて、ルイ十二世に自分が壁画を描くと申し出た。ところが、十二か月かかって自分の『ミラノ占領』を描き上げると、その作品に思いが宿ってしまったのだ。師の『ミラノ占領』を表に出すためには、自分の壁画を破壊せねばならぬ。画家にとって自分の作品を自分で壊すことは何よりも辛いことだ。おまけに、自分がいくら頑張っても師のダ・ヴィンチにはとうてい勝てない。天才に対する嫉妬の気持ちがあるために、師を尊敬しながらも、師の作品を自分が表に出すことにはためらいがあったのだろう。それゆえ、弟子たちに託したのだ」
マルコはその言葉にうろたえた。
「それでは、私は師のルキノの気持ちにそむいた不肖の弟子になるのでしょうか?」
ウンベルトはさわやかな笑みを浮かべた。
「いや、ルキノは喜んでいるはずだ。いつかは自分の壁画を破壊して、師の壁画を蘇らせたかったのだから。それには時間が必要だったのだ。お前は師の望む通りのことをしたのだ」
ディンドゥオン……ディンドゥオン……ディンドゥオン……
ちょうどそのとき、夕暮れの空に、アヴェマリアの時間を知らせる大聖堂の鐘が、三回鳴った。マルコはひざまずいて、師ルキノのために一心に祈りを捧げた。
(了)
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