王のイヌ

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 それから十二か月の月日が流れた。壁画が完成し、大きな幕がかけられた。今日は、ルイ十二世が壁画を見るために、わざわざサン・ロレンツォ大聖堂の大広間にやってくる日だった。  ミラノ公国の民衆の反乱も予想され、大聖堂の内外にフランス軍の屈強な部隊が配置され、厳戒態勢であった。その大広間では、ダ・ヴィンチとルキノとウンベルトの三人が、ルイ十二世の到着を待ち構えていた。  予定時刻を大幅に過ぎて、ルイ十二世の一行が大広間に姿を見せた。ダ・ヴィンチたち三人は黙礼した。王はダ・ヴィンチを認めると、破顔して近寄ってきた。 「レオナルド、よくぞ約束の期限までに仕上げた。礼を言うぞ」 「閣下、当然のことでございます。このダ・ヴィンチ、いったんお引き受けをした仕事は誠心誠意を尽くすことこそ、我が誇りでございますから。全身全霊を捧げた成果をお確かめくださいませ」  王は期待に溢れた表情を浮かべて、壁画の正面へと歩みを進めた。 「幕を取れ!」  近衛隊隊長の号令がかかり、二名の近衛兵が幕を降ろし、壁画が現れた。 「おおー」 「何と!」  王の面前であるにもかかわらず、居並ぶ近衛兵と重臣たちの間から声が漏れ出た。皆の視線が王に集中した。王は両目をかっと見開き、絶句していた。 『ミラノ占領』は彼らの想像していたものとはまったく違っていたようだ。  画面右手には、フランス国旗を掲げたフランス軍が、銃を構え、剣を抜いて襲い掛かろうとしている。左手には、ミラノ公国の民衆が、銃弾を浴び、剣の餌食にされ、次々に倒れている。女や子どもが逃げ惑っている。その中で、一人の少年兵が、破れたミラノ公国国旗を必死に両手で掲げている。 「何だ、これは?」  王は絞り出すようにやっと声を出した。   ダ・ヴィンチは王の目を見据えて答えた。 「『ミラノ占領』でございます」
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