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「ばかな。余が命じたのはこんなものではない。余の軍隊が行進するのをこの国の民が両手を上げて歓迎する様子を描くのだ。そんなことはわかりきっておろう」
ダ・ヴィンチはとぼけるかのように、抑揚をつけずに言った。
「閣下、画家という者は真実を描くものでございます。私のこの絵こそが、紛れもない貴国の兵士とこのミラノ公国の民の姿でございます」
そのとき近衛隊隊長が剣を抜いた。
「貴様、閣下を愚弄する気か。こんな壁画を描きおって」
隊長は剣をかざしたまま、ダ・ヴィンチに向かう。とっさに、ルキノとウンベルトがその前に立ち塞がった。
「どけ!」
二人の弟子は頭を下げながらも抗弁した。
「どきませぬ。お師匠様を殺める前に、私どもを殺めてください」
「この――」
「やめておけ!」
王のよく通る声が大広間に響いた。
「天下のレオナルド・ダ・ヴィンチがこれを描いたのは、よくよくの覚悟があったからであろう。死罪にしたところで、ダ・ヴィンチの名声が高まり、余の悪評が立つばかりだ。余はそれほど愚かではない。また余はレオナルドの才能を余りて惜しむものだ。レオナルド、お前がわが国に生まれていればのう」
そう言った後、冷ややかな目をダ・ヴィンチに向けた。
「余は画家を殺すようなことはせぬ。画家にとってもっと辛いことがある。作品を破壊され、他人の目に永遠に触れぬことだ。そうだな、レオナルド?」
王は口角を上げた。
「この壁画を完膚なきまでに破壊せよ。このレオナルドの目の前で!」
ルキノには、師の息を呑む音が聞こえたかのような気がした。
すかさず、ルキノは王の前にひざまずいた。
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