王のイヌ

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「閣下、お願いがあります。私はレオナルド・ダ・ヴィンチの一番弟子のルキノ・カンパネッラと申します。この大広間には壁画が必要です。是非その仕事を私にお申し付けください。私には閣下のお望み通りの『ミラノの占領』を描く自信があります」 「ほほう」  王はルキノの全身を凝視した。 「お前にはそれほどの自信があるのか? レオナルドに匹敵するほどの」 「はい、ございます。されど、今のままでは、私はいつまで経っても、弟子の一人に過ぎません。私も名を上げたいのです。私に機会をくださるよう、重ねてお願い致します」  王は冷静さを取り戻したかのように、辺りをねめまわした。 「確かに、この壁画を壊しただけでは、この大広間が淋し過ぎる。壁画の痕跡が変な噂を呼ぶやも知れぬ。ここはお前にやらせてみる手もあるな。ただし、お前もレオナルドのような壁画を描いた場合は、ただでは済まないと覚悟をしておけ」  ルキノは目を輝かせた。 「もちろん承知しております。必ずや閣下のご期待に応えて見せます」 「期限は十二か月だ。心してかかれ」  王はそう言うと、重臣たちや近衛兵たちを従えて大広間から出て行き、三人だけがその部屋に残された。 「ルキノ! 貴様を見損なったぞ。先生の顔に泥を塗ってまで出世したいのか?」  ルキノは、自分の襟首をつかんだウンベルトの手を払いのけた。 「ウンベルト、お前と俺は考え方が違うのだ」  ウンベルトは興奮がおさまらない。 「貴様は王のイヌに成り下がったのか。情けない。お前は俺の先を行く兄弟子だと、今の今まで尊敬していたのに。先生、ルキノに何か言ってやってください」  だが、ダ・ヴィンチは何も言わなかった。ただ一言、「帰るぞ」と言って大広間を出ていった。  ウンベルトは慌てて後を追った。ルキノはダ・ヴィンチの壁画をじっと見つめていた。
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