咲く

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 「悠河くん、明日も来て?」。その言葉に絆され、バイトが終わると毎日のように昨夜の家へやって来ている。  バイト先で上手くひとと交われない悠河でも、余計なことは聞かず今の自分と向き合う樹汰といるのは、居心地がいい。  食後のお茶を淹れた樹汰が、大きなソファに座った悠河にもたれ身体を沈める。受け止めた悠河は、猫にするように頭を撫でた。 「勉強道具持って来て。これからはここですればいいよ。一緒に」 「樹汰と? 何年生だっけ?」 「同い年だよ! 高校2年生」 「ムリ。カリキュラム違うよ」 「そんなことない」  樹汰の身体がのしかかり、くりくりとした瞳がこちらを見上げている。  身体がふわっと甘く香って、鼻をくすぐった。 「樹汰、いい匂いする。そ、そう、か……わいい」 「マジ? 可愛いって言われるのイヤだったけど、悠河くんに言われる、の、な、ら、嬉しい」  気づくと樹汰は身体を少しだけ起こし、悠河の首に腕を回していた。無抵抗な悠河の唇を、音を立てて吸い上げる。  久しぶりに触れた、誰かの唇。樹汰の情熱に巻き込まれた悠河は、まだ気持ちが追いついていない。  瞳がキラキラして、嘘がない。まだ出会ってからそんなに経たない関係だと考えると目眩がして、下手な誤魔化し方で、話を逸らす。 「家族は? そういえば、だけど」 「親父はお爺ちゃんの会社の取締役で、いま北海道。母親も帰り遅いんだ。チビの頃は、夕方に帰ってきたんだけどね。学校上がったらすぐに、お兄ちゃんでしょお留守番できるでしょって」  境遇はまるで違う、と前提を置きつつ、悠河は自分と少しだけ似ていると思った。 「親ってそうだよな。うちも遅いんだ」 「それな。なんかそうじゃないかって思ってた。でもさ、俺、母親の実家の仕事したいんだ」 「ベーカリー?」 「うん、でも親父は親父の会社継いでほしいらしい。ひとり息子だし、ちっちゃくても地元企業だし、俺が頑張るしかないのかなとも思う」  自分たちはまだ高校2年生で、遊んだり、勉強したり、やりたいことは沢山あるはず。まして行き当たりばったりの悠河には将来のことなど全く見えてこない。  一方で、同い年、見た目も幼い樹汰はもう将来の道筋ができていて、そこから逃れることはできそうにないという。 「それじゃ今やってるショップは?」 「なんかもうみんな取り敢えずやらせとけ、的な? 誰も本気にしてくれない」 「わかってくれない?」 「そ、れ! すぐ諦めんだろって。俺は諦めない。親父の跡を継いで、母親の会社の仕事もする」 「マジ? 大変そうじゃない?」 「方法はわかんない。でもきっとできるよ」  起き上がった樹汰は、悠河を見て笑う。  卓上ではジャスミンが香る茶器の中、紅いマリーゴールドが咲いていた。
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