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東京に帰る日、姉夫婦は用事で出かけていた。バスで駅まで出ようと一人で家を出ると、隣の家の軒下に犬が見えた。
時間に余裕があったので、訪ねて別れを告げることにした。相変わらず呼び鈴は壊れたままだった。
「今日、東京に帰ります。わんちゃんを触らせてもらって、心が癒されました」
「あら、そうなの。よかったら、お茶でもいかが」
犬も一緒に入ってきて、ソファに座る私の横に寝そべり、いつもの骨を楽しげに舐めている。
「ご主人は、今日もお出かけなんですね」
「実は……」とおばあさんは声をしぼませた。
「この間、交通事故で亡くなりました」
「そうだったんですか……。姉から何も聞かされてなくて、すみません」
「いいんですよ。誰にも言ってないんですから」
予期せぬ言葉に戸惑ったが、呼び鈴が壊れたままで、おじいさんに会えないことに合点がいった。
「お淋しいですね」
「いえ、この子がいますから。それに、主人はいるんです」
主人はいるとはどういう意味だろう。魂がいるとか、思い出が胸中にあるとか、そんなことを思い描いた。
「この子が肌身離さず舐めている骨は、主人の足の骨なんです」
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