犬の骨

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 結婚を約束した恋人の急死で憔悴しきった私に姉は、夏の間だけでも長野の別荘で一緒に過ごさないかと気遣ってくれた。  姉夫婦に子どもはおらず、義兄がリモートで仕事ができる昨今は、厳しい冬以外はこの別荘にいることが多くなっていた。 「よく来てくれたわね。疲れたでしょう」  駅まで迎えに来てくれた姉の顔を見ると、思い切って来たことをよかったと思えた。車窓からは、夏休みでにぎやかな家々が見えた。  義兄は仕事中だったが、部屋から出てきた。 「ゆっくりしていってくださいね。自分の家だと思って、好きなだけいてくれていいんですよ」  義兄に感謝して二階に上がった。  窓からは隣の家の庭が丸見えで、茶色の中型犬が日陰で寝そべっていた。ここはのんびり時間が流れているようだ。 「夜は冷えるから、毛布置いとくわね」と言って、姉も窓から外を覗いた。 「あら、お隣のわんちゃん。今日もお外でおじいさんが帰ってくるのを待ってるようね」  冷たいジュースを飲みながら明日からの予定などを話し、それから庭に出ると犬はいなかった。おじいさんが帰ってきたのだろう。  翌日、姉とお隣を訪ねた。「ごめんくださーい」と姉が叫ぶ。 「呼び鈴が壊れたままなのよ、ずっと」  しばらくすると、感じのいいおばあさんが飼い犬といっしょに出てきた。 「すみませんね。主人に呼び鈴なおしてって頼んでるんだけど、なかなかやってくれないもので」 「こんにちは、妹が遊びに来てるんです。しばらくここに滞在する予定です」  ぺこりと頭を下げると、犬は人懐っこく尻尾を振って歓迎してくれた。それからは、フェンス越しに呼ぶと寄って来るようになった。  近くの湖へボートに乗りに行ったり、お洒落な古民家カフェにランチを食べに行ったり、つらいことを忘れる努力をした。  迷惑がられているかと思っていたので、姉も楽しそうなのを見て私はほっとしていた。  隣の犬はたいてい、玄関の横の日蔭でお気に入りの骨をしゃぶっている。  姉は、おじいさんを待っていると言ったが、不思議なことに私はそのおじいさんに出くわしたことがなかった。
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