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マンションの管理人に鍵を開けてもらい、保護犬ボランティアのリーダーがドアを開けると、異臭がした。マスクをしてこれかと思うと、中に入るのが恐ろしい。
「昨日までは鳴き声が聞こえてたらしいんだけど」
ドアの内側には縦に幾筋もの爪痕が残っていて、息を呑む。
生き物がいるような音はしない。
床にはカップ麺のゴミやペットボトルが転がり、贅沢そうなローテーブルやソファーの上には薄く埃が溜まっている。コバエが数匹飛んでいる。数が少ないことにホッとしてしまった。
「家賃を滞納した挙句、夜逃げしたらしいんだ」
手袋をつけて、ゴミをかき分けていくと、ペットシーツが現れた。おしっこの跡がいくつも重なり、その上にウンチが転がっている。
「乾いているみたい」
ここ数日のウンチとは思えない。
さらにかき分けていくと、空のドッグフードの袋が出てきた。横を食い破った袋だ。きちんと餌をやらず、人に頼もせずに犬を置き去りにしたのかと思うと腹が立ってしょうがない。
ゴミをかき分けると、柔らかく温かいものが手にふれた。そっとゴミを取り除くと、汚れた茶色の痩せこけた犬が眠っていた。
かすかな息の音にホッとする。
「犬、いました。子犬のようです」
口に何か紙のようなものを咥えている。お腹が空いて仕方がなかったのか。そっと、引っ張ると、咥える力が弱っていたのか、するりと抜けた。
それは写真だった。明るい青空の下、若い男性が子犬を抱えて笑っている。子犬も笑っている。
「お前、柴犬だったんだね」
痩せすぎていて、何の犬かもわからなかった。それなのに、飼い主の写真を大事に咥えて……。
「リーダー、私、この子を飼います」
気がついたら、そう言っていた。
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