俺の犬

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かつて、璃舜にも高い志を持って励んでいた時期があった。官吏になるという夢があったのだ。 官吏になるには、試験さえ通過すればいい。身分の低い生まれだろうと関係ない。 だから、とにかく必死に勉強した。学校にはほとんど行けず、ろくな教育も受けてはこなかったが、知人の商人から安く手に入れた教科書をボロボロになるまで読み込んだ。 官吏になったら、故郷のスラムを立て直したい。教育によって何にでもなれることを証明したい。自分が金持ちになることで、スラムの子どもたちに夢を与えたい。 そんな殊勝な気持ちで、会場に行くための列車に乗り込んだ。 そして最後の列車に乗り継ぎをした時だった。そこで待ち受けていたのは、この国の現実だった。 同じく試験会場に向かう受験生は、高い身分の者ばかりだった。列車の中で、その者たちから一方的に暴行を受けた。何時間にも渡る暴行だった。 「下賎な輩が受けていい試験じゃねぇんだよ!」 「とっととスラムに帰れ!」 味方はいない。車掌や他の乗客も見て見ぬふり。やり返す力も残っていなかった。 列車が会場に着いた時には、鉛筆すら持てる状態ではなかった。 平等や人権なんて幻想だ。璃舜は、官吏になる夢を捨てた。 スラムに帰ってから、悔しさも未練もなかった。 これが自分の生まれ落ちた世界だと受け入れた。闇商売に手を染めれば、それなりに生きていくことは簡単だった。 先に堕ちたのは自分だ。 璃舜の仕事は、人間を奴隷へと堕とすことではない。人間を自分と同じ闇に引きずり込むことだ。 「ヨルダは、どうして人間でいられる?」 「人間に生まれたからだ。……お前もそうだろう」 「俺は――」
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