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ヨルダほど強い意志を持っていたら、官吏になる夢を諦めなかっただろうか。
折れた手でも、鉛筆を握ることはできただろうか。
何度不合格になっても、腐らず挑戦し続けていただろうか。
璃舜はそっと、ヨルダの頬の傷をなぞった。そのままゆっくりと指先を下方に這わせ、首元を撫でる。
触れてから、犬や猫を撫でるような手つきだったことに気付くが、ヨルダは抵抗しなかった。
璃舜は両手をヨルダの首に回し、首輪を外した。鎖が床に落ちて鈍い音が響いた。
今はちょうど夜明け前だ。曇っているので月も出ていない。闇に乗じることは容易だ。
璃舜の心拍数は少しずつ上昇する。
両手はヨルダの足を這った。
明日は、たしか南の地域で大規模な蚤の市がある。この辺りの商人はほとんど出稼ぎに行っていて、今スラムは閑散として人の目も少ない。
今がその時だと思い立った璃舜は、足の枷を外した。
ヨルダの身体を縛るものは何もなくなった。
思わぬ展開に彼は驚きを隠せない。
「逃がしてくれるのか……?」
「馬鹿か。逆だ」
ヨルダは璃舜の意図が読めず身構える。
「逃げるんだよ、俺と」
「なぜ貴様も逃げるんだ」
「お前一人で逃げ切れるわけねぇだろ。この国のルールを何ひとつ知らない奴が」
「私のためか?」
「どうだろうな」
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