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「手を使わせろと言っている! 私は犬じゃない!」
璃舜の抑揚のない命令は跳ね返される。
このままでは男は餓死するまで吠え続けるだろう。だが死なれては困る。高額な賠償金を奴隷商人に支払わなければならなくなるからだ。それはなんとしてでも回避したい。
それに、これまで完璧に依頼を遂行してきた実績に傷を付けることもしたくない。この仕事は奴隷商人との信頼関係の基に成り立っているのだ。
璃舜は再び男を見下ろす。
手枷を解けば大人しく食べるのだろうか。しかし、男の要求を呑んでしまってはこちらが舐められる。
この男に、立場というものを正しく認識させなければいけない。「俺が主人でお前は犬」だと。
痛みに覚えさせるのは手っ取り早いが、犬といえど商品には変わりないので、むやみに傷を付けるのは最善手とは言えない。
璃舜の仕事は、自分がまだ人間だと思っている奴隷の自尊心をへし折ることなのだ。
「食わねぇならまた口に突っ込むぞ」
「やめろ!」
「じゃあ食え」
「……」
根比べは続く。
さっきから何度も生唾を飲み込む男には、このパンがどれほどのご馳走に見えているのだろうか。飢えも渇きも、今までの人生では無縁だっただろう。
「奴隷になるより死を選ぶのか?」
「こんなところで死んでたまるか……」
「死にたくないなら、犬らしく食え。それしか生きる道はない」
さっさと認めちまえばいい。自分はもう犬なんだと。そうすれば、餌にありつくことは簡単だ。
大人しく言うことを聞く従順な犬に、手荒な扱いをするつもりはない。
「私は人間だ。ヨルダという名前もある」
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