俺の犬

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約束の日、闇市場を闊歩するゴートルをすぐに見つけた。 璃舜が商品を持っていないことに気付くと、それだけで彼は察したようだった。 「手こずっているのだな」 「……ああ、返す言葉もない」 昨夜のやり取りを思い返す。冷静さを失い、あの男の顔に傷まで追わせてしまった。 「お前さんがこんなにも苦戦するなんて、初めてじゃないか」 「そうだな。ここまで精神を保つ奴は今までいなかった」 「ほう、璃舜に手懐けられない犬がいるとは」 言い訳をするつもりはない。自分の調教師としての技量を見誤った結果だと非難されれば素直に認めるつもりだった。しかしゴートルは璃舜を責めることもなければ自分に有利な交渉を持ちかけてくることもしなかった。 むしろ璃舜が困難を極める様子を面白がっているようで、少し居心地が悪かった。 「隅々まで調べたが身体は健康そのものだ。臓器は売れるか?」 「その選択も悪くはないんだが、最近は異教徒の血を嫌う顧客が増えておるのだよ」 「なるほどな……」 ゴートルが相手にしている顧客は、血を重んじる上層階級ばかりだ。奴らは俺のような下層階級や異教徒は穢れと見なし、同じ井戸の水を使うことすら忌み嫌う。 「どうする、璃舜よ。お前さんにも調教師としてのプライドがあるだろう。もう少し粘りたいというならこのまま任せるが……」 ゴートルの提案に璃舜は驚いた。調教師としての信頼からくるものだろうが、さすがに買い被りな気がしてならなかったからだ。 「忠犬にできる保証はありませんよ?」 「どうなるかわからないというのも、それはそれで楽しみというものだろう」 酔狂な男だ、と璃舜は鼻をすかした。 この豪傑さがこの奴隷商界隈を牛耳る所以なのだろうか。 人を家畜のように扱うという意味では璃舜も同類ではあるのだが、ゴートルのそれは不気味なくらい達観していた。 「では、一週間後に進捗を頼む」 そう言ってゴートルは闇市場のさらに深い場所へと消えて行った。
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