俺の犬

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頬の腫れた部分に水で濡らしたタオルをあてがう。 首に手が触れた時、ヨルダはビクッと反応した。頸動脈近くを掠めてしまったのだろうと、璃舜は気に留めることなく続けた。 「……なぁヨルダ、お前はまだ祖国に未練があるのか?」 もちろんだ、とヨルダは蝋燭の火を見つめながら答えた。 「私を謀ったのは兄だ。私を国から追放し王位継承権を得ることになったが、奴は己の欲望を満たすことしか頭にない。そんな者に国民は救えない。だから、一刻も早く私が戻らなければならない」 「負けたのに、王室に居場所はあるのか?」 「王室は重要ではない。私を信じて待つ国民のいる場所が、私の居場所だ」 人として生きることを諦めていないどころか、再び先導者として祖国のために身を捧げようとする、強い信念を秘めた目だった。その目に畏怖すら抱きそうになる。 「俺に恨み言も言わないんだな」 「お前もこれが仕事なのだろう?」 璃舜は思わず吹き出した。 ヨルダは、王になるべくして生まれた男だ。 調教に何日かけたところで、この男は堕ちない。その事実を認めるしかなかった。 「とりあえず、昨日のパンを食え」 璃舜は手枷を外した。そして食事を差し出すと、ヨルダは手を使って残さず平らげ、礼を言った。 この男の、もっと深い部分に触れてみたいと思った。 なぜこんなにも人のために頑張れるのか。肉親に裏切られ国に捨てられても、目に絶望の色が混じることがないのはなぜなのか。 ヨルダを見ていると、自分の弱さの輪郭が徐々に浮き彫りになっていく。だが、不思議と不快な感覚ではなかった。
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