6人が本棚に入れています
本棚に追加
台風はその日一晩中、僕たちの町に居座った後、跡形もなく消え去った。
あの日麻美がゴネ倒したお陰で、お爺ちゃんとお婆ちゃんは避難所に入れたらしい。
だけど避難所が閉まった後、二人はまた橋の下のテントに戻った。あの二人にとって、それが一番いいことだとは思えない。けれど、ちゃんと行政の目に入ったことで、何らかの支援に繋がると信じたい。
そして僕の家には家族が増えた。
「タロ」
僕が名前を呼ぶと、いつものようにへっへっと舌を出して僕の目を見上げる。
あの日川に流されようとしていた命は今、僕の隣で悠々自適に暮らしている。
あの後、お母さんは僕とタロを家に連れて帰った。僕がどうしてもタロを離さなかったからだ。お母さんは仕方なく僕とタロをお風呂に入れて、僕とタロそれぞれに温かい夕飯を作ってくれた。
お母さんは段ボールでタロに簡易な寝床を作って離れた場所に置いたけど、今までおばさんたちと寝ていたタロは人の寝床で寝るのが普通だと思っているようで、ずっと僕のそばにいた。
次の日には病院に行って、いろんな登録を済ませて、タロは正式に僕たちの家の子になった。
「お母さん、ありがとう。ごめんね。犬はもう飼いたくないって言ってたのに」
お母さんは首を横に振った。
「飼いたくない訳じゃ、なかったのよ。やっぱりずっと一緒に暮らしていたから……。新しい子を、コロの代わりにしたくなかっただけで。
死んじゃいそうなくらい悲しかったのは……それだけ大きな喜びをくれていたから。タロもきっと、私たちを幸せにしてくれるよ」
「じゃあ僕たちも、タロを幸せにしないとね」
僕はタロの頭を撫でる。タロは嬉しそうに尻尾を揺らす。僕が立ち上がると、タロは僕を導くようにヒョコヒョコと河原の道を進んでいく。
雲間から覗く光は雨に濡れた地面を照らしていて、どこまでも続いていくような気がした。
-了-
最初のコメントを投稿しよう!