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一ヶ月前のこと。急に降り始めた雨を凌ぐため、僕は橋の下へと降りた。
橋の下へ降りるのは初めてだった。橋の下にあるテントを見た時、僕は思い出した。
小学校低学年の時、クラスメイトの一人が言い出した。
「ホームレスにさ、石投げてやっつけようぜ」
その時僕は学校の図書室から借りてきた本を読むのに夢中で、彼らの誘いを断った。彼らの言葉がどんな意味を持つかを、考えもせずに。
その後彼らが本当に石を投げに行ったのか、僕は知らない。だけどあの時、僕はやめておけと言うべきだった。
そんな後ろめたさから無意識のうちに、橋の下に近づかないようにしていた。
なのに僕は忘れていた。橋の向かいからホームレスのお爺さんとお婆さんの生活の痕跡が見えていたのに。
僕が小学校に入る頃には既にそうだったから、彼らはもう数年、この橋の下に住んでいることになる。その間ずっと見ないフリをしてきたんだと悟って、胸の動悸が激しくなった。僕は胸を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
その時、一匹の犬が僕の元にやってきた。
首輪は付いていない。濡れた毛から水を弾くようにブルブルと体を震わせると、僕の足にまとわりついた。
白くてフワフワした犬は顔の中心が黒くてパグに似ていたけど、何かが違う気がした。
僕は犬の顔の前に手を出す。犬は僕の手の臭いを嗅ぐと、転がるように腹を見せて寝転がった。人懐っこい犬だ。
その時、後ろから声を掛けられた。
「タロちゃんって言うの」
恐る恐る振り返ると、ホームレスのお婆さんが立っていた。お婆さんは夏なのに毛玉だらけの長袖の服を着ていて、ヨレヨレの服には犬の毛がまとわりついている。
「捨て犬だったんだよ。段ボールに何匹も子犬が入ってた。でも足が悪くてね。この子だけ貰ってもらえなかったんだ」
言われてみれば確かに、タロは左の後ろ足を引き摺っていた。腹を見せる時に転ぶような仕草を見せたのもその影響だろう。
「おいでタロ、ご飯をあげよう」
そう言ってお婆さんは菓子パンの袋を開け、端っこを千切って地面へ落とした。服の裾から覗くお婆さんの手の細さに、僕はギョッとする。
お婆さんは残ったパンを更に半分に割り、半分を袋にしまった。その袋を持ってテントの中に入っていく。おそらくお爺さんと分けて食べるのだろう。
タロは地面に落ちたそれらを食べ終わると、僕に向かって吠えた。餌をねだっているに違いない。
添加物だらけのそれが、犬にとっていいはずがない。その上量が少なく、栄養が足りていないのは明らかだった。
それはタロだけじゃなくお婆さんだって、きっとお爺さんだってそうだった。
僕は身震いした。いつの間にか雨が止んでいる。僕は走って橋を後にした。足元に戯れつくタロを置き去りにして。
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