タロ

4/11
前へ
/11ページ
次へ
 一ヶ月前のこと。急に降り始めた雨を凌ぐため、僕は橋の下へと降りた。  橋の下へ降りるのは初めてだった。橋の下にあるテントを見た時、僕は思い出した。  小学校低学年の時、クラスメイトの一人が言い出した。 「ホームレスにさ、石投げてやっつけようぜ」  その時僕は学校の図書室から借りてきた本を読むのに夢中で、彼らの誘いを断った。彼らの言葉がどんな意味を持つかを、考えもせずに。  その後彼らが本当に石を投げに行ったのか、僕は知らない。だけどあの時、僕はやめておけと言うべきだった。  そんな後ろめたさから無意識のうちに、橋の下に近づかないようにしていた。  なのに僕は忘れていた。橋の向かいからホームレスのお爺さんとお婆さんの生活の痕跡が見えていたのに。  僕が小学校に入る頃には既にそうだったから、彼らはもう数年、この橋の下に住んでいることになる。その間ずっと見ないフリをしてきたんだと悟って、胸の動悸が激しくなった。僕は胸を押さえてその場にしゃがみ込んだ。  その時、一匹の犬が僕の元にやってきた。  首輪は付いていない。濡れた毛から水を弾くようにブルブルと体を震わせると、僕の足にまとわりついた。  白くてフワフワした犬は顔の中心が黒くてパグに似ていたけど、何かが違う気がした。  僕は犬の顔の前に手を出す。犬は僕の手の臭いを嗅ぐと、転がるように腹を見せて寝転がった。人懐っこい犬だ。  その時、後ろから声を掛けられた。 「タロちゃんって言うの」  恐る恐る振り返ると、ホームレスのお婆さんが立っていた。お婆さんは夏なのに毛玉だらけの長袖の服を着ていて、ヨレヨレの服には犬の毛がまとわりついている。 「捨て犬だったんだよ。段ボールに何匹も子犬が入ってた。でも足が悪くてね。この子だけ貰ってもらえなかったんだ」  言われてみれば確かに、タロは左の後ろ足を引き摺っていた。腹を見せる時に転ぶような仕草を見せたのもその影響だろう。 「おいでタロ、ご飯をあげよう」  そう言ってお婆さんは菓子パンの袋を開け、端っこを千切って地面へ落とした。服の裾から覗くお婆さんの手の細さに、僕はギョッとする。  お婆さんは残ったパンを更に半分に割り、半分を袋にしまった。その袋を持ってテントの中に入っていく。おそらくお爺さんと分けて食べるのだろう。  タロは地面に落ちたそれらを食べ終わると、僕に向かって吠えた。餌をねだっているに違いない。  添加物だらけのそれが、犬にとっていいはずがない。その上量が少なく、栄養が足りていないのは明らかだった。  それはタロだけじゃなくお婆さんだって、きっとお爺さんだってそうだった。  僕は身震いした。いつの間にか雨が止んでいる。僕は走って橋を後にした。足元に戯れつくタロを置き去りにして。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加