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「台風警報が出たので、今日の授業はこれで終わりです。皆寄り道せずに帰るように、集団下校してください」
二時間目が終わったあと、先生はそう言った。台風は予定通り、昼過ぎにはこの辺りに直撃するらしい。
「じゃあ終わったら班に分かれて、集団で下校してください。起立、礼」
ありがとうございました、と言い終わらないうちに僕は走り出した。
全力で校舎を走り抜ける。靴の踵を踏んづけたまま、坂道を駆け降りる。鳩尾がどんどん痛くなってきた。だけど早く、早く、もっと早く。僕はタロたちの安全を確認したい——。
「山内!」
橋にたどり着いた辺りで首根っこを掴まれて、僕の体は止まった。鬼のような形相をした麻美が、僕に捲し立てる。
「集団下校しなきゃって言われたでしょ!? 低学年の子もいるのに何考えてるの!?」
雨風の音にも、橋を渡る車の音にも負けないくらい大きな声で、僕に叫ぶ。耳がキーンとした。
「でもタロが……。お爺ちゃんとお婆ちゃんが避難できたかだけ確認したら帰るから!」
「……せめて二人なら集団でしょ。さっさと確認して帰るから!」
麻美はそう言うと、僕の手を引いて走り出した。
しばらく走ると橋のたもとにお爺ちゃんの肩を抱いたお婆ちゃんの姿が見えた。二人は二人三脚みたいな格好でよたよたと歩いている。
よかった、避難所に行くんだ。だけど、タロの姿が見当たらない。
「お婆ちゃん、タロは?」
お婆ちゃんは首を振った。
「ごめんねぇ、お爺ちゃん杖がないと歩けないから、タロちゃん、抱えてこれなかった……。
それに避難所はあたしらだけでも入れるか分からなくて、犬がいるとなると尚更……。だから……」
ごめんねぇ、ごめんねぇと繰り返しながら、お婆ちゃんはゆっくりと歩みを進める。
二人が助かるために、一匹の命を見殺しにした。数の釣り合いは取れてる。だけど。
タロのことを諦められないのは、どうしてなんだろう。
「麻美、お婆ちゃんたちを連れて避難所まで行って」
「山内はどうするの!? タロは!? 断られたら!?」
「お婆ちゃんたちも一緒じゃないと避難所に入らないってゴネてでも何とかして! タロは僕が連れてくから!」
「待って、危ないから行っちゃあなんないよ!」
お婆ちゃんの声を背中に聞きながら、僕は河原へと駆け出して行った。
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