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川の水位は上昇している。普段は三メートルくらい下にある砂利の部分が覆われて、河川敷まで水が達しようとしていた。お婆ちゃんたちのテントの近くはまだ無事だけど地面がぬかるんでいて、滑ったら危険だと分かった。それでも。
「タロ!」
僕は走って土手をくだる。タロの声は聞こえない。水の音に掻き消されているのか、それとももう居ないのか。
僕はお婆ちゃんたちのテントへ向かって、中を覗き込んだ。テントの中にはいろんなものが置き去りにされていた。お婆ちゃんたちが包まっていた毛布、菓子パンの袋の山、カセットコンロ、干したままの洗濯物。そしてその中央に残された、タロのダンボール。上から覗き込むと、タロはそこに居た。
「タロ!」
僕が名前を呼ぶと、タロは弱々しい声でクゥンと鳴いた。
よかった、まだ生きてる!
僕はタロを抱え上げる。タロの体は水に濡れて湿っていて、寒さに震えていた。きっと二人に着いていこうとしたに違いなかった。だけど水に阻まれて、結局ここに戻ってきた。
だけど、僕が来たから。
「もう、大丈夫だよ」
僕はタロを強く抱きしめた。腕の中の温もりは、少しだけ温度を増した気がした。
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