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黙想3-⑻
陽の光溢れる「外」から舞い戻った先は、昨日見た二階の部屋と似た屋根裏だった。
「やれやれまた屋根裏か」
流介が身を屈め「蓋」を閉めると、先に潜りこんでいた天馬が「こっちの窓を見て下さい」と言って虫籠のような格子がはまった窓に流介を呼び寄せた。
「見覚えがあるでしょう」
天馬に言われるまま窓の外を覗いた流介は、思わずあっと声を上げていた。窓の下は昨日、宿に行くために通り抜けた賭場だった。
「あの人に注目してください」
天馬がそう言って目で示したのは、台帳のような物を手に博打に興じている男たちの間を行ったり来たりしている人物だった。
「あの人は……『はまなす屋』の番頭さんじゃないか」
流介は「先月のお弁当代を」「先月の宿代を」と言いながら賭場の中を移動している男性見て、そう呟いた。
「覚えましたね。では後をつけましょう」
「後を?なぜだい」
「いずれわかります。このまま下に降りて先回りするのです」
天馬は謎めいた言葉を口にすると、床の一部を昨日の子供と同じように開けた。
「僕について来て下さい」
天馬は穴に身体を滑りこませると、そのまま床へと姿を消した。
――おいおい大丈夫か?下は賭場だぞ。見つかったら取り囲まれるんじゃないか?
仕方なく天馬を追って床下に降りた流介は、思いがけぬ光景に「ありゃ」と声を漏らした。
「そうか、ここだったのか……」
穴から降りた先は何と、昨日絢が踊っていた三畳ほどの舞台の上だった。舞台には緞帳が下りており、薄暗い中に立っていた人影が驚いたように流介たちの方を見た。
「あ……あなた方は?」
「絢さん……」
どうやら踊りの支度をしていたらしい絢は、流介たちに気づくと目をぱちぱちさせた。
「やあ絢さん。稽古の邪魔をして申し訳ない」
天馬はつかつかと絢の前に歩を進めると、いきなり絢の肩を鷲掴みにして「はい!」と叫んだ。
「あ……」
絢は大きく目を見開くと憑き物が落ちたような顔で「天馬さん……」と言った。
「うん、これでいい。元の絢さんに戻りましたね」
「私、一体何を……あらっ?」
絢は自分が身に纏っている袖のない服を見て、なぜか驚いたような声を上げた。
「私、どうしてこんな格好をしているのかしら。こんな変わった着物、持ってないのに」
戸惑う絢に天馬は「絢さん、もう少ししたらここの人たちが一斉に外へ出て行きます」と告げた。
「外へ?」
「そうです。あなたも出て行く人たちの後をついてここを脱出してください。一緒に行きたいところですが、僕らはもう少し仕事をしなければなりません」
「はあ……わかりました」
絢は目を丸くしたまま頷くと「あら、飛田さんまで。お久しぶり」と言った。どうやらたった今、流介に気づいたらしい。
「おひさしぶりです。積もる話をしたいところですが、天馬君が言ったように僕らには仕事が残っています。またお父様の店でお会いしましょう」
流介はぽかんとしている絢に背を向けると、床の一点をあらためている天馬に「何をしてるんだい?」と尋ねた。
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