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黙想2-⑼
「自由の市」に戻った流介は亜蘭を見失ったこともあり、出口への道しるべを見つけられないまま通路をとぼとぼ歩いていた。
――ここの全体像がわからぬままうろうろしていたら、今日中に脱出することは不可能だろう。
しかし、と流介は思った。腹時計はまともに時を刻んでいると見えて、しっかり空腹だけは感じるのだった。
――場合によってはこの迷路の中で夜を明かさねばならないだろうな。
もとより昼か夜かもわからぬ場所だ。ここは腹を括って飯を食い、屋根裏でも物置の隅でも寝床にできそうな場所があれば宿にするほかはない。
天馬を見つけたにもかかわらずどうにもできぬ己のふがいなさに流介が肩を落とすと、そんな心境を見透かしたかのよにう前方から「こっちこっち」と手招きをする人影があった。
「んっ……屋台?」
湯気の向こうで招く仕草を見せていたのは、半白髪で頭に手ぬぐいを巻いた初老の男だった。
「ここは何かを食べさせてもらえる店なんですか?」
流介が灯りのともった小さな屋台を覗きこみながら尋ねると、男は「いろいろあるよ。お薦めは『一銭丼』だね」と言った。
「一銭丼?」
「竜のついた銅貨一枚で食べられる飯さ」
「じゃあ、それを」
流介が木箱のような椅子に座って待っているとやがて、半透明の魚が一匹乗った小ぶりの丼が目の前に差し出された。
「本当にこれが一銭なのかい。じゃあもう一枚出せばもう一匹乗せてくれるんだね?」
「一匹で充分だと思うよ」
「そうかな」
流介は一銭銅貨を主に手渡すと、見たことのない魚の乗った丼飯をかき込んだ。見た目に反し味は悪くなく、腹持ちもよさそうだ。だが、歩きまわったせいか物足りなさもあった。
「大将、うどんか蕎麦はないのかな」
流介が追加をたのもうとした、その時だった。
「ひょっとして、来たばかりですか。空腹ならこれを差し上げましょう」
ふいに背後で声がしたかと思うと、流介の丼に赤っぽい物体が放り込まれた。
「なんです、これは」
ふりむいた流介の前に立っていたのは背の高い、日本人離れした顔の年配男性だった。
「それは烏賊を醤油で煮てもち米を詰めたものです。腹持ちがよく元気も出ますよ」
「烏賊……」
突然のことに流介が戸惑っていると、主が「お客さん、おいしいから貰っといた方がいいよ」と言った。
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