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黙想2-⑽
「あなたは誰なんです?なぜ見も知らぬ僕に施しを?」
「私はここで研究をしたり、子供に学問を教えたりしている森町と言います」
「先生ですか。変わった物を召し上がるんですね」
「近頃は烏賊の生態とこの北開道で取れる米に興味がありまして、無理を言って大将にこしらえてもらったのです」
「この「自由の市」ができた時からいるんですか?」
流介が尋ねると森町という男性は頭を振り「来たのは二週間前、それ以前は東京で帝国大学に通ったり英国の学校に行ったりしていました」と言った。
「帝国大学に英国の学校……すごいですね」
「できたばかりの大学院にも行こうかと思ったのですが、この匣館近くの大沼にある環状列石が気になり来てみたのです」
「カンジョウレッセキ?」
「巨大な石を円形に並べた古代の遺跡です。私は学士になるのも途中で止めてしまうほど、ありとあらゆる知への欲求が強いのです」
「なるほど。……なら先生はぴったりの仕事かもしれませんね」
「お蔭で大学で教えているわけでもないのに、周りの人から「教授」と呼ばれたりします」
流介はさもありなんとばかりにうなずいた。まさにそのような呼び名が似合いそうな人物だったからだ。
「ところでお若い方、あなたはここで何をされるおつもりなのですか?」
唐突に尋ねられ、流介は「いや、僕は商いをしに来たわけではないんです」と返した。
「すると……ひょっとして好奇心で覗いているうちに出られなくなってしまった、と?」
「実はその通りで。このままでは今日中に出られそうもないので、寝るところを探しているのです」
「そうでしたか。ここから近くて安いのは『はまなす屋』ですかな」
「はまなす屋?」
「ええ。この通路をまっすぐ行った先を左に曲がると、奥から三つ目に扉があります。そこを通って宿に行くことができたはずです」
「お詳しいですね。では、行ってみることにします」
「途中、人が住んでいる長屋と賭博場があるので、なるべくどたどた音を立てない方がいいですよ」
「人の家の中を横切らないと行けないんですか」
「そうです。あと、賭博に誘われても決して加わらないことです。身ぐるみを剥がされたら宿代もなくなり土間にむしろで寝ることになりますからね」
「わかりました。賭け事に興味はないので大丈夫です」
「博徒たちは興味があってもなくても誰彼構わず引きこもうとします。ご注意下さい」
「ありがとうございます。覚えときます」
「では私はこれで」
森町という男性は不思議な食べ物を流介に奢ると、再び暗い通路の奥へと消えて行った。
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