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黙想2-⑾
「奥から二番目の扉……これだな」
流介は森町に教えられた場所を見つけると足を止め、取っ手に手をかけた。
「ごめんください」
そっと戸を開けた流介は、思いもよらない光景に思わず声を失った。
「あ……ええと」
戸を開けたそこは、上り框すらない家庭の土間だった。
「なにか?」
台所で洗い物をしていた女性が流介に気づくと、訝しむようにそう問いかけた。
「ある人から、この先に『はまなす屋』という宿があるって聞いて……」
「あるよ。外から来た人だね?奥の茶の間を抜けて、賭場を横切ったらその先が『はまなす屋』だよ。今、うちの家族がご飯を食べてるから埃をたてないようにね」
「あ、はい……」
流介は軽く頭を下げると、土間を横切って女性が目で示した奥へと進んだ。土間を出ると女性が言ったとおり、一段高くなった長屋風の狭い座敷が現れた。
「すみません、宿に行くので通らせてください」
流介は靴を脱ぐと、ちゃぶ台を囲んで飯をかき込んでいる四人家族に頭を下げた。
「…………」
流介は無言の知らない家族に「侵入して申し訳ない」と詫びつつ、茶の間を横切ってさらに奥の引き戸を開けた。
「……また通路だ」
茶の間の先にあったのは、奥から光が漏れている短い通路だった。とても家庭の裏手とは思えぬごみごみした路地を抜けその先に出ると、言葉通りそこは広く入り組んだ戦いの場――つまり鉄火場だった。
――ここが、この迷路の中心なのだ。
流介は右でさいころ、左で花札と言うまさに博徒だらけの空間を、そろそろと進んでいった。流介は煙っている賭場を横切りながら、あることに気づきはっとした。
――この匂い……そうだ、これはフォンダイスさんの部屋で嗅いだ匂いだ!ということは……
フォンダイス氏というのは以前、天馬と共にとある事件で関わった外国の商人だった。
フォンダイス氏はある人物の奸計によって阿片中毒にされていたのだが、この迷路全体に漂う匂いがまさにその匂いを連想させるのだった。
――あっ、あの人は!
流介は賭場の一角にある畳一条ほどの小上がりに気づき、思わず足を止めた。すだれで仕切られたその空間でひたすら薬研を転がしている人物は、流介のよく知っている人物だった。
「――宗吉君!」
流介は小上がりに近づくと、すだれに手をかけた。
「……ああ、薬ですか?今、急いで仕上げる物がありまして、しばらくお待ちください」
「なにを言ってるんだ宗吉君、僕だよ飛田だ」
流介が嫌な予感を覚えつつ問いを重ねると、宗吉と思しき人物は「飛田さんね。覚えておきます。時にどのような薬をご所望で?」といつものせっかちな宗吉とはまるで異なるのんびりした口調で言った。
――だめだ、亜蘭君と同じだ。これではいくら用件を伝えても無駄に違いない。
これで六人。様子を見る限り全員、何らかの術にかけられていることは疑いが無さそうだった。
流介が諦めて身を引くと、背後で複数の人間が鳴らしていると思われる口笛の音が聞こえた。何だろうと振り返った流介は、別の小上がり――こちらは宗介の出張薬局と違い、畳三畳ほどの舞台を思わせるものだ――に気づきどきりとした。
「……あの子は、まさか!」
十人ほどの男たちが群がる「舞台」の上で南国風の衣装をまとい、踊っていたのは――亜蘭の同級生、絢だった。
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