黙想2-⑿

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黙想2-⑿

「――絢君!」  流介が男たちの後ろから叫ぶと、見物客の何人かが振り向いて流介の方を見た。敵意は感じないが、踊りに水を差す無粋な男を訝しんでいるのは明らかだった。 「……?」  絢は流介に気づくと「なにかしら」というように小首を傾げ、すぐまた手足をくねらせるような踊りに戻った。  ――だめか。これで行方不明になった七人全員が見つかった。見つかったのに家に戻すための方法が何ひとつないとは。  流介は我が身の力不足を嘆くと、だが無力だからと言ってこの摩訶不思議な長屋に埋没するわけにはいかないと思った。なにしろ、頼みの綱の天馬が『ヘルヴィム』の(しもべ)と化しているのだ。他に頼れる者などいるはずがなかった。  流介は広い賭場を何とか横切ると、奥にある鉄製の扉を開けた。目の前に現れたのは暗く寒々とした通路と、灯りが漏れる引き戸の脇に掲げられた『はまなす屋』の看板だった。 「ごめんください」  引き戸を開けて中に入ると帳場と狭い廊下、狭い階段のある宿の内部が目の前に現れた。 「はい」  奥から姿を現したのは、三十歳くらいの細身の男性だった。 「一晩、泊めて欲しいんですが」 「どうぞ、十銭になります。お部屋は二階の奥が空いております」  男性はそう言うと、階段の方を手で示した。流介が出された宿帳に名前を書いていると、帳場の出口から一人若い小柄な女性が姿を現した。 「どうぞ、こちらになります」  流介は女性に促されるまま、階段を上がって行った。「市」ができてひと月かふた月でこれほどこなれた接客ができるということは、「外」でも宿をやっていたのだろう。  きしむ階段を上がって二階に行くと、左右に二つづつ部屋のある廊下が現れた。 「奥の方の間をお使いください」  女性に誘われ部屋に通された流介は、さすがに粗末ながら綺麗に掃除された三畳間にほっと安堵の息を漏らした。 「お布団は押し入れに入ってますから、ご自分でお願いいたします」 「ありがとうございます。助かりました。ええと、女将さん?それとも中居さん?」 「ここの女将で真砂と申します。何か御用がありましたらお申し付けください」  真砂と名乗る女性は深々と頭を下げると、部屋を出て階下に戻っていった。布団を敷いたら後は小さな文机で手紙を書くくらいしかできそうにない部屋だが、なんの土間にむしろで寝ることを思えば楽園と言ってもよかった。  ――これで十銭とは助かる。……しかし天馬君や安奈君、他の五人もおそらくはあの奇妙な「音楽」と、阿片に似た何らかの薬物で本来の自分を消されてしまったのだろう。「自由の市」とは言うが、どこに自由などあるものか。  流介は早々と布団を敷くと、洋燈を消して作り物の夢ではない本物のまどろみへと潜りこんでいった。
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