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黙想2-⒂
「今日はケーキとマシュマロしかないのだけれど、よろしいかしら」
刹那は流介と紅三郎がテーブルに着くと、おっとりした口調で尋ねた。
洋風にしつらえられた店内は、赤い敷物や縁飾りのついたカーテンなどとてもあの謎めいた長屋の内部とは思えない上品さだった。
「俺はなんでも構わぬが……ではケーキを頂こうか」
「じゃあ、僕も紅三郎さんと同じ物を」
流介がおずおずと注文を口にすると、刹那は「承知しました、少々お待ちを」と言い置いてカーテンの向こう側に消えた。しばらくして戻ってきたのは、刹那ではない別のふくよかな女給だった。
刹那よりいくらか年上の女給は流介たちの前に焼き菓子の乗った皿を置くと、「これは本にあった作り方に独自の手間を加えた『ぽぴいのケーキ』でございます」と言った。
「ぽぴいのケーキ?」
「さようでございます。ぽぴいの粒やそれ意外にも色々と入ってございます」
女給は流介の問いにあいまいな説明で応じると、「ではごゆっくり」と言って背を向けた。
「あ、ちょっと待ってくれ。そもそもぽぴいってのはなんだい」
女給は流介の問いかけには応じず、そのままカーテンの向こうへと姿を消した。
「ふむ、洋酒の匂いがするな。……記者殿、どうぞ先に食べられよ。俺はじっくりと眺めてから食べる」
「そうかい、じゃあ……」
紅三郎に促され、流介は慣れないフォークで焼き菓子を崩すと口に運んだ。
「……ふむ、確かに不思議な香りだ」
流介は甘い焼き菓子の味わいにしばしぼおっとなった。だが、そのうちフォークを持つ手が動かなくなると頭の中に「なにかがおかしい」という警戒心が広がり始めた。
「むっ、どうしました記者殿」
「いや、なんだかおかしいんだ。頭がぼおっとして、身体も……」
身体が椅子からずり落ちそうになった時、初めて流介は菓子に何かを入れられたことを悟った。
――刹那さんか?いや、誰かが……僕の目的を知っている人物がこの店にいるに違いない。
流介は自分の身体が椅子から床へ崩れるように落ちてゆくのをを感じ、思わず「誰か……」と声を漏らした。
――もしかしたら僕の動きはずっと、誰かに見張られていたのかもしれない。だとしたらどうあがこうと脱出は無理だ。まして宗吉君や亜蘭君を連れて帰るなど……
完全に床に突っ伏した流介は、唯一の頼みの綱が敵側にいるという己の不幸を呪った。
――天馬君、なぜ君はヘルヴィムの側についたんだ。僕らを救えるのは君だけなのに……
たった一つの謎すら解けぬ自分を嘆きながら、流介は薄暗い世界の底へと落ちて行った。
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