黙想2-⒃

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黙想2-⒃

 ――ここは……どこだ。  流介はひんやりとした硬い床の感触を背中に感じながら、ぼんやりと思った。  手も足も思うように動かせず、首を曲げるのすら億劫だった。  ――最初に転がされていた土間だろうか。  だが右も左も果てしなく遠く、出口が見えない。  ――ここへ来てから一体、どのくらいたったのだろう。  流介は上体をわずかに起こすと暗い土間の柱に凭れ、昼も夜も定かではない迷宮で呪いの言葉を吐いた。  ここは慣れ親しんだ匣館のどこかなのだろうか。それとも知らぬうちにどこか見知らぬ外国にでも連れて行かれたのだろうか。  こんな牢獄のような場所では、何ひとつ知りようがない。ひょっとしたらここは地球上の場所ですらないのではないか。  流介はもはや二度と生きては出られないのではという暗い思いを、必死で飲み下した。  ――ああ、ポンプのレバーが……レバーが勝手に動いている。  流介は井戸から溢れる水が自分の方にひたひたと押し寄せつつあることに気づき、恐怖を覚えた。まさか、こんなことは現実にあるはずはない。  ――ああ、梁の上に誰かいる。光る眼だけが見える。誰なんだ、そんな目で僕を見ないでくれ。  天井から視線を再び井戸へと戻した流介は、井戸から人影が現れるのを見てぎょっとした。  ――君は……宗吉君じゃないか。なぜそんなところから現れるんだい。手に持っているそれはなんだい。  井戸からぬるりと現れた宗吉には下半身が無く、脚の代わりに背中に羽根が生えていた。よく見ると宗吉の腕は四本あり、そのうちの一つに煙管とぽぴんを一緒にしたような吸い口のある物体を携えていた。 (さあ、この『天使の煙管』を吸うのです)  宗吉は羽ばたきながら近づいてくると流介の顔を押さえつけ、口に煙管の吸い口を押しこもうとした。 (これであなたの中に残っている「外」の記憶が消えます) 「やめてくれ、宗吉君……君はまともな商人だ……そんなことをしてはいけない」  流介が煙管の吸い口から逃れるべく、動かぬ手足を必死で動かそうとしたその時だった。 「飛田さん、それを吸ってはいけない」  突然、頭上から声がしたかと思うと誰かが梁に結び付けた麻縄を伝って下りて来るのが見えた。 「……おおっ?」  いきなり上から現れた人影に驚いたのか宗吉は流介から離れると、煙管を手にしたままそそくさと逃げだした。 「宗吉君!」  流介が呼びかけても宗吉は振り返らず、奇怪な姿のまま奥の暗がりへと消えて行った。  ――一体何が起きているんだ。いましがた僕が見た物は全て、真実だったのか? 「――やあ、危ないところでしたね飛田さん」  人影はとんと床に降り立つと、力強い声で流介に語りかけた。 「……天馬君」 「驚かせてすみません。あれこれ考えた結果、煙出しの窓からしか侵入できませんでした」  西洋の僧服に身を包んだ天馬は天井を見上げると、見慣れた人懐っこい笑みを浮かべた。
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