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黙想3-⑴
「天馬君、どうしてここに?いや、それ以前に君は『ヘルヴィム』の僕になってしまったんじゃなかったのかい?」
流介が良く回らぬ頭のまま尋ねると天馬は「はい、その通りです。つい先ほどまでは」と答えた。
「つい先ほどまで?」
「やっと『ペンタグラモニア』のある場所がわかったので、もう僕のふりをする必要が亡くなったのです」
「ある場所って……『ペンタグラモニア』はやぐらのてっぺんにあるんじゃないのかい」
「あれはいうなれば「笛」みたいなものです。僕が探していたのは「ふいご」の部分です」
「笛?ふいご?」
天馬の話はいつもながらちんぷんかんぷんだった。
「ああ天馬君、それにしてもまさか君が助けに来てくれるとは!もう少しで僕はこの魔窟の中で骨となってしまうところだったよ」
「目に覆いをかけられ、耳を無理やり塞がれれば誰だって何が現実だかわからなくなります。それよりも飛田さん、いったん安全な場所に避難しましょう。話はそれからです」
「避難すると言ったって天馬君、部屋が伸び縮みしたり人間に羽根が生えたり、こんな悪夢みたいな世界に安全な場所なんてあるのかい」
「……そうですね、そのままではないかもしれません。敵はあなたのような善良で信じやすい人を選んで陥れているのです。考えて見て下さい、地球上にこんな場所があるはずがありません。これは全てまやかしなのです」
「では君はこの魔窟のからくりが全てわかっているというのかい?」
「もちろん!見ていて下さい。魔法が解ければ数日中にもここは陽の光にあふれた清潔な場所になるはずです」
天馬はそう言うと「これからあなたにかけられた術を解きに行きます。目的の場所に着くまで不用意に言葉を発してはいけませんよ」とつけ加えた。
気がつくと足元に溜まっていたはずの水が消え、通り土間の両側もはっきりと見えるようになっていた。
「おかしいな。つい先ほどまで水があったのに」
「目が覚めかけている証拠ですよ。あなたをここへ連れてきて悪夢を見せることが、敵の企みの総仕上げなのです。僕としてはそれだけは避けなければなりませんでした」
「僕に悪夢を見せることが……そうだ、悪夢と言えばさきほど見た宗吉君は人間の身体をしていなかった。あれは現実なのか?」
「半分は現実で、半分は飛田さんご自身の造り出した幻です」
「幻……」
「石水さんはここに確かに来ていました。それは現実です。ですが飛田さんが見たという人間離れした姿は、完全に幻です」
「では宗吉君は、怪物になってしまったわけではないんだね?」
「怪物などどこにもいませんよ。住民たちにそう思わせるための仕掛けがあるだけです」
「すると僕は敵の罠にまんまと引っかかってしまったわけか」
「ええ、しかしそれもここまでです。住民の心を操っていた敵――『ヘルヴィム』が力を失えば、みな目を覚ましてここを出てゆくことでしょう」
天馬は奥の引き戸へ流介を誘うと、「この先の通路はたしか、使われないまま物置になっていたはずです。鍵を開けて通り抜けましょう。その先に敵の力が及ばない空間があります」と言った。
天馬が針金のような物を鍵穴に突っ込んで回すと、ほどなくかちりという音がして閉ざされていた戸が難なく開いた。
「これでよし、さあ行きましょう。人々をいつわりの自由から救うために」
天馬はにこやかに言い放つと、ごみごみした通路を先に立って歩き始めた。
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