黙想3-⑵

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黙想3-⑵

「さて、ここなら人目もないし、衣替えをしてもいいかな」  通路、階段、屋根裏とよどみない足取りで流介を先導していた天馬は突然、ぽつりと漏らすと乾物工場のごみごみした裏手で足を止めた。 「衣替え?」 「もう誰の(しもべ)でもありませんからね」  天馬はそう言うと僧服を脱ぎ捨て、いつも通り英国風のいでたちになった。 「ええと、確かこの辺りに梯子があったはずだ」  壁に沿ってがらくたの山を探っていた天馬は、ふいに「あった」と言うと長い梯子を引っ張り出した。 「奥の天井に煙出しの格子窓があるでしょう。あれを押し上げて外に出ます」 「外に?」 「ただし、地面はありません」 「地面が無いって……どういうことだい?」 「まあ、ついてくればわかりますよ」  天馬はそう言って通路の壁に梯子をかけると、「足を踏み外さないよう、気をつけて」と流介に言い置きひょいひょいと梯子を上って行った。 「参ったな……またしても天井裏か」  流介が梯子を上り始めると、先に端までたどり着いた天馬が真上にある格子窓を手で押し上げ始めた。 「よし、開いたぞ。……飛田さん、先に向こう側に行ってます。後に続いてきてください」   天馬は肩越しに振り返って言うと、窓の向こうに姿を消した。流介は有無を言わせぬ天馬の強引さに呆れつつ、言われた通り窓を押し上げた。 「――あっ」  窓の外に顔を出した流介は、思わず叫び声を上げていた。新鮮な空気と共に流介を驚かせたのは、目の前に広がる異様な風景だった。 「ここは……」  天馬と流介が出た場所は、どこまでも続く長屋の屋根とその中心にそびえる『自由の塔』だった。 「天馬君、ここは屋上ではないか!」 「その通り、屋上です。まだ脱出できたわけではありませんが、「外の空気」に触れることで飛田さんにかけられた「術」が解かれるはずです」 「なぜそう思うんだい」 「飛田さんの身に起きた異変は、阿片の一種による中毒症状とあやかしの技による脳の錯乱がもたらした現象だからです」 「ううむ……そう言われてみると、君のお蔭で何だか頭の霧が晴れたような気分だ」 「まだこれからですよ飛田さん。黒幕を追い詰めてこの長屋の住民たちすべての目を覚まさせない限り、事件は解決したとはいえません」 「黒幕を追い詰める?ヘルヴィムをかい。どうやって?」 「焦らないでください飛田さん。まずは黒幕がこの「市」に人々を閉じ込めた仕掛けの中心を見に行きましょう」 「仕掛けの中心?」 「そうです。あそこに見える塔のすぐ下です。さあ、そろそろ下に戻りましょう」 「あ、ああ……」  天馬は流介を促すと、再び禍々しい煙の立ち込める「市」へと引き返し始めた。
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