黙想3-⑶

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黙想3-⑶

「さあつきました、ここが人々を支配する秘密の中心です」  天馬が足を止めて振り返ったのは、何もない路地の突き当りだった。 「秘密の中心って……何もないじゃないか」 「あるじゃないですか。何か目の前にありませんか?」  天馬の言葉に慌ててあたりを見回した流介は、ある物に気づきはっとした。 「天馬君、まさかこの中に入って行こうってんじゃないだろうね」  流介がそう言って目で示したのは、『自由の市』に三つしかないという井戸だった。 「その通りです。この『四つ目の井戸』こそが秘密の中心への入り口なのです」 「四つ目の井戸?おかしいな、水売りは井戸は三つしかないと言っていたぞ」 「その通り、水が汲める井戸は三つしかありません。だからこの井戸に水を汲みに来る人はいません。どういう意味か分かりますか?」 「井戸なのに水が来ていない……つまりこれは井戸に見えるが井戸ではないってことか?」 「正解です。……ちょっと力を貸してください」  天馬はそう言うと、流介に井戸のすぐ前まで来るよう促した。 「なにをどうすればいいんだい」 「たぶん、回して右か左にずらすのだと思います。回せそうな方向に回すので、力を貸してください」  流介は天馬に言われるまま、井戸の縁に手をかけ力を込めた。左右に縁を動かすと、井戸は妙な手ごたえと共に一方にだけ回転した。 「これでよし、後はずらして「入り口」を出すだけです」 「入り口を出す……?」 「先ほどと同じように、動きそうな方向に井戸そのものをずらしてください」 「ああ、わかった」  流介と天馬は井戸に貼りつくと、さまざまな方向から力を込めた。やがて、ある向きで押した途端「ごおっ」と音がして井戸全体が真横に動き始めた。 「やりましたね飛田さん。この穴が秘密への入り口です」  天馬は井戸のあった場所にぽっかりと開いた穴を指さしながら、満足げに言った。 「この穴はどこへ続いているんだい」 「それは行ってみてのお楽しみです。ただし「敵」がいないとも限らないので注意してください」  天馬はそう言うと穴に身体を押しこみ、穴の縁に据えられている鉄製の梯子を降り始めた。 「やれやれ、外の空気を吸ったばかりなのに今度は穴の中か」  ぼやきを漏らしつつ後に続いた流介は井戸の底に降り立った瞬間、「わあ」と叫んでいた。 「地下にも通路があるぜ天馬君。いつの間にこんな物を掘ったんだ」 「おそらくこの穴は最初からあったのでしょう。黒幕が企んだ「装置」の設置場所としてこれほど都合が良い空間はありませんからね」 「装置?」 「あの、突き当りの扉の向こうです。行きましょう」  天馬はそう言うと、十間ほどの長さの通路を迷いのない足取りで進んでいった。
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