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黙想3-⑷
「……音がしませんね。中に人がいなければいいのですが」
天馬は扉に耳を押しつけると、押し殺した声で言った。
「いたらどうなるんだい」
「ヘルヴィムの秘密を暴きに来た者と見なされて取っ捕まってしまうでしょうね。でも、気配から察するに今は無人のようです」です。思いきって入りましょう」
天馬は慎重なのか大胆なのかよくわからぬ判断を下すと、扉の取っ手に手をかけた。
「しめた、鍵がかかっていない。さすがのヘルヴィムもここに訪問者が来るとは思っていなかったのでしょう」
天馬はそう言うと、扉を押し開いて中に入った。流介はここまで来たら天馬を信じるしかないなと腹を括り、後に続いた。
「……うわっ、何だこの部屋は」
天馬の後に続き謎の地下室に足を踏みいれた途端、流介は声を上げていた。部屋の広さは十畳ほどで、巨大な円筒型の装置がが壁にめりこむように取りつけられていた。そしてそれ以外の空間には自転車に似た物が数台、やはり動かぬよう地面にねじで留められていた。
「天馬君……これは一体、なんなのだ?」
流介が尋ねると、天馬は書斎で謎を解く時の顔で「これは電気を発生させる装置です」と言った。
「電気を……?」
「そうです。そして発生させた電気で巨大な風車を回し、塔に強い風を送っているのです」
「塔に風を?何のために?」
「いうまでもなく『ペンタグラモニア』に音楽を奏でさせるためですよ」
「ここから送られた風であの音が出ているというのかい。たかが楽器一台のためになぜそこまでする?」
「とにかく大きな音を出して、集まった人たちの気持ちを演奏に集中させるためです」
「だったらあんな塔など造らずとも、広場の真ん中で演奏すれば済む話じゃないか」
「いえ、あの塔と楽器の大きさにはそれなりの意味があるのです」
「あんなに高いやぐらの上にわざわざ上って弾かないといけない楽器ってことかい?ヘルヴィムはなぜそんな面倒な手間をかけるんだ?」
「それだけの手間をかけなければ、真実が『自由の市』の住民にばれてしまうのです」
「ばれる?一体なにがばれるっていうんだい?」
「ヘルヴィムと言う人物が存在しない、ということがです」
「ヘルヴィムが存在しない?待ってくれ天馬君、きちんと順を追って話してくれないと頭が追いつかないよ」
「では説明しましょう。ヘルヴィムがいてもいなくても、演奏は可能なのです。なぜなら『ペンタグラモニア』は『自由の塔』そのものであり、塔自体が巨大な楽器だからです」
「あの塔が楽器だって?」
「はい。正確にはオーケストリオンという自動演奏装置です。人間が手で弾く代わりにとてつもなく長い演奏の手順を記した紙を引っ張り、それを機械が読み取ると自動で音楽が奏でられるのです」
「紙が演奏……」
「やぐらの上のヘルヴィムはたぶん人形で、糸か何かで操っているのでしょう。つまりあのやぐらの上には人はいないのです」
「何のためにそんな大掛かりな仕掛けを……」
「ヘルヴィムと言う人間がいて、壮大な音楽を奏でているという幻を信じ込ませるためです。あの塔は、ヘルヴィムと言う人間がいないことを隠すためだけに造られたのです」
「まさか、それだけのために……では、ヘルヴィムという幻を作り出したのは一体誰なんだい?」
「それを説明するには、事件の真の黒幕に会いにゆかねばなりません。そしてここからの道行きには少なからず危険が伴います。……覚悟はいいですか飛田さん?」
「いいも悪いも、君と関わったら大体がそういう運びになるじゃないか。覚悟なら、ここに連れてこられる前からできているよ」
「わかりました。では参りましょう。人々を目覚めさせ、真実を白日の元にさらす旅に」
天馬は謎めいた機械をなぜか名残り惜しそうに見ると、背を向けて扉の方に歩き出した。
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