11人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
黙想3-⑸
「まずいですね……飛田さん、僕が合図したら左手に見えている『甘栄堂』という扉の中に潜りこんでください。僕もあとから行きます」
何となく見覚えのある通路を無言で進んでいると突然、天馬が前を向いたまま言った。
「どうしたんだい」
「今日一日でもう、市場の空気が変わっています。言い方を変えると警戒されています。……僕でさえ」
「君でさえ?」
「僕がヘルヴィムへの忠誠を怠っていると皆が感じているのでしょう。いまさら弁解しても無駄でしょうから、飛田さんはとにかく店の中に入ってください」
「……わかった、言う通りにしよう」
流介は先を行く天馬との間にわざと距離を設けると、あたかもそこが目的地であるかのように左手の戸を開け中に潜りこんだ。
「……ふう」
流介が飛びこんだ場所は、和菓子か何かの店らしかった。店と言っても一方に商品をこしらえている台があり、一方に作り終えた品を陳列する台があるという店と工場を一間で賄っている空間だった。
「ええと……どうしよう」
流介は黙々と商品をこしらえている店員を横目で見つつ、邪魔にならぬよう部屋の奥へと進んだ。すると奥に『牙屋』と書かれた謎の扉があり、流介は持ち前の好奇心に突き動かされるように扉を開けた。
「――あっ」
流介は目の前に広がった光景に思わず声を上げていた。菓子屋から扉一枚隔てた奥の間は、なんと歯医者であった。
「いらっしゃい」
入った途端、前方から飛んで来た声に流介は「いえ、あの」と思わず言葉を濁した。
「ふうむ、なんだか顔が歪んでるね。こりゃあ歯が悪いな」
「歯?」
いきなり現れた大柄な中年男性はそう言うと、流介に「では特別に安くしてあげましょう。どうぞこちらへ」と意味不明の言葉を投げかけた。
まずいな、と流介は思った。どうやらこの歯医者は来た人間を強引に治療する人物らしい。
「おおい、患者さんだ」
「はい」
院長らしき男性が奥に声をかけると、物陰から染み出すように無表情の男たちが一人また一人と姿を現した。
「お、おい君たち」
男たちは流介の周りを取り囲むと、両側から腕を掴んで背もたれを浅くした木の椅子に無理やり寝かせた。
最初のコメントを投稿しよう!