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黙想3-⑹
「助けてくれ天馬君!」
身動きが取れぬまま叫ぶ流介の前に、院長が手にしたやっとこのような道具がかちかち音を立てながら迫ってきた。
――冗談じゃない、治療どころか力任せに歯を抜くだけじゃないか。
「今日は気分がいいよ。朝から退屈してたところにいいお客が来たからね」
流介の喉から恐怖の叫びが迸った。その時だった。
突然、火薬の臭いがして施療室の空気が真っ白になった。
――天馬君か?
はっとして身体を起こしかけた瞬間、誰かが煙の中で流介の手首を掴んだ。
「――急いで。こっちです!」
見えない「誰か」はそう言うと、流介の手を掴んだまま室内を移動し始めた。
――天馬君じゃない、女性だ。……でもどこかで聞いた声だな。
謎の人物は流介の手を掴んだまま右へ左へと移動し、どこかの戸を開けると間仕切りを隔てた別の空間へ誘った。人物が背後の戸を閉めると煙が薄くなり、辺りの様子が徐々に見え始めた。
「――君は!」
流介たちが飛び込んだのは広めの納屋を思わせる部屋だった。そして、歯を失う一歩手前の流介を忍者さながらの動きですくいだしたのは――安奈だった。
「しばらくぶりです、飛田さん」
「君も天馬君と同じように、ヘルヴィムの僕になったんじゃなかったのかい」
「それは昨日までの話ですわ」
安奈がそう言って尼僧を思わせる服を脱ぎ捨てると、下からいつもの和装ともカフェでのドレス姿とも違う装いが姿を現した。腰に張りつく洋風のたっつけ袴に脚絆、黒い手甲に黒い足袋。何とも珍妙な服だ。
「その格好……まるで旅芝居か何かに出てくるくのいちじゃないか」
「ふふ、動き易い服をと思って自分で考えましたの。似合います?」
安奈は悪戯っぽい笑みを浮かべると、頭に赤い鉢巻をきゅっと巻いた。
「しかし安奈君、君たちがお芝居を辞めたことがヘルヴィムや市場の人たちに知れたら、周りがみんな敵になってしまうんじゃないか?」
「そろそろ、そうなりそうですわ」
「ですわじゃないよ」
「……とりあえず天馬と合流しましょう。近道を参りますわよ、飛田さん」
「近道?」
安奈がえいと叫んで重そうな木箱を蹴飛ばすと、天井の一部がぱかんと開いて隠し階段が埃と共に出現した。
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