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黙想3-⑼
「ここに「せり」があるんです。うまく行けばこの下の奈落を通って外の通路まで行けるはずです」
「奈落?せり?」
「――うん、高さは四尺といったところですね。潜りこめそうです」
天馬は床板を下に落とし込むと、開いた穴に身体を滑り込ませた。
「さあ早く。入ったら下から蓋を閉めて下さい。間違って絢さんが落ちたら困りますから」
流介は部隊の下に身体を入れ終えると、下から蓋を閉めた。
「……中腰だからちょっときついですが、僕の後について来て下さい」
「やれやれ、天井裏の次は床下か。上から下まで引き回してくれるな天馬君」
流介はぼやきを口にしつつ、中腰で天馬の後を追った。やがて天馬が動きを止め「ここです。ここに出口があります」と言った。
薄闇の中天馬が壁の一部を動かすと、穴から光が漏れて通路の一部が覗いた。
「ここは……」
壁の穴から這い出た先は、またしてもごみが散乱するうらぶれた通路だった。
「そこの壁際にある樽に身を隠しましょう」
天馬はそう言うと、通路の端に並んでいる樽の陰に流介を引っ張って行った。
「あそこの戸に注目してください。誰かが出入りするはずです」
「戸?何の戸だい?」
「見ていればわかります」
天馬が目で示したのは、店か何かの裏口らしい引き戸だった。しばらく見ていると、通路の奥から先ほど集金をしていた『はまなす屋』の番頭がやって来るのが見えた。
「あっ、番頭さん」
「――しっ!」
番頭は戸の前で足を止めると、二、三度あたりを見回してから中に入っていった。
「そうか、あの戸は『はまなす屋』の裏口なんだ」
「そういうことです。まだ出てはいけませんよ」
天馬に釘を刺され、流介は樽の陰から人気のない裏口の様子を見張り続けた。するとしばらくしていきなり戸が開き、ひとつの影が姿を現した。
「――あっ!」
現れた人影を見た流介は、思わず大きな声を上げそうになった。『はまなす屋』の裏口から現れたのはなんと『リピタ』を手に携えた『ヘルヴィム』であった。
「なぜ『はまなす屋』からヘルヴィムが……」
流介が呆然としていると、ヘルヴィムはそのまま進んで左の曲がり角に姿を消した。
「よし、あいつの後を追えばいいんだな」
流介が樽の陰から出ようとすると、天馬が「まだです」と言って流介の身体を引き戻した。
「なぜだい、あいつが黒幕なんだろう?」
「我々が追うのは、このあと出て来るもう一人の人物です」
「もう一人の人物?」
流介が訝っていると、再び引き戸が開いて今度は一回り小さな人影が姿を現した。
「あっ」
人影はやはりヘルヴィムと同じような仮面をつけた人物――ただし、ヘルヴィムの「僕」として演奏の前口上を受け持っていた女性だった。
「天馬君、ひょっとしてあの人を追うのかい?」
「そうです。充分に距離を距離を取って後をつけましょう」
天馬はそう言うと、流介を促して樽の陰から通路へと出た。
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