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「さてと、どこから話すべきか……」
自宅の畳部屋。正座するわたしに向かい合う形で胡座をかき、父は顎髭を摩った。その隣には彼の仕事仲間と思しき白衣の男。わたしの膝の上には、ワン公がちょこんとお利口に座っている。
お巡りさんから事情聴取を受けて数分後、恐らく白衣の男から一部始終を聞いたのであろう父が突然「話がある」と切り出したのだ。そうして言われるがまま三人と一匹で家に帰り、母から擦り傷の治療を受けて、今に至る。
父は、隣の池田と名乗る男と共に、政府から依頼された極秘の任務に取り組んでいた。
十年前に制定されたペット禁止法。あの法律のお陰で犬や猫の殺処分数は極端に減った。けどそんな中で一つ問題が起きた。ペット型ロボットが人道的に正しいものだと常識がすり替わり、本物の犬や猫を飼う人への差別が生じたのだ。
新たに飼うことを禁じられただけで、まだ生きているペットは今でも飼い主の手で飼育されていた。しかしこの風潮が原因で、犬や猫を飼っている人は外に散歩に連れていけなくなった。結局、犬や猫を苦しめる結果となったのだ。
この事態を重く受け止めた政府は、最近になって法律の改正に向けて動き出した。それでも一度植え付けられた偏見は簡単に覆せない。そこで今、国中の生物学者に協力を要請し、生きた動物を飼っている人の誤った印象を変えようと動いているのだと言う。
「萌花には一つお願いがあるんだ」
一息ついて、父はわたしに向き直った。
「池田から聞いたよ。二か月も面倒を見てくれただけに留まらず、道路に出た一号を守ってくれたらしいね。お前と一号は、今後人間と犬の新たな懸け橋となるに相応しい。どうか父さん達の計画に協力してくれないか?」
「わたしはこの子と一緒に居られるのならそれでいい。だけど……」
そう言って、膝元のワン公へと目線を落とす。
「何かちょっと違くない? 確かにわたしはこの子と仲良しだけど、これじゃあきっと他の人は納得いかないよ。だってこの子はロボットで、本物の生きてる子犬とは似ても似つかないわけだし」
「うん? 何を言っているんだ、お前は」
腕を組みながら、父は不思議そうに首を傾げる。
「だってそいつは本物の犬だろう? ロボットじゃないさ」
「そうそう、だから…………えっ?」
「二か月も面倒見ていたんだろう? 流石にご飯とか食べてたろう。ロボットはあくまで利便性を求めるんだから、エネルギーは充電で済ませるし、体温の変化も殆どない。人に危害を加えるなど以ての外だ」
言ってることを呑み込めなくて、ワン公と父の目を交互に見る。
確かに今までおかしいと思ったことは何度かあった。けど、いざそうですと言われても混乱する以外に何も出来ない。
「一号はね、本当はとっても暗い子だったんだよ?」
すると、今まで黙り込んでいた池田さんが柔らかい笑顔でそう切り出した。
「外に出せなかったからというのもあるけど、ずっとびくびくしてて研究員にも心を開かなかった。だから別の研究所に引っ越しするつもりだったんだけど、結果的にあのとき君が一号を拾ってくれて良かったと思ってる。きっと一号も、君に何か似通ったものを感じ取ったんだろうね」
ワン公が、わたしに──?
もう一度目線を落とすと、彼はだらんと舌を垂らしながら無垢な瞳をこちらに向けていた。今までで一番柔和な表情が、池田さんの言葉を肯定してくれているようでほんの少しだけ嬉しくなった。
そっか、あなたたちも苦しんでいたんだね。
人の身勝手な偏見のせいで自由に外も行き来できないし、愛する人と絆を育むことも叶わない。定められた常識の中から少しでもずれてるだけで、仲間外れにされて普通に生きられなくなる。
そうだね。確かにわたしたち、似た者同士なのかもしれないね。
「解った。わたしに出来ることであれば何でも協力する。それがこの子のためになるのなら」
「ありがとう。その分、父さんたちも今まで以上に尽力するよ。それと、その子はうちで飼育しよう。いつまでも研究所に閉じ込めるのは可哀想だからな」
「本当に? やったぁ! 今日から家族だね、ワンこ──」
言いかけてハッとする。そうだ、もう新しい飼い主が云々とか考える必要はないんだ。むしろ家族になるんだったら、ちゃんと名前を付けてあげないと可哀想だ。
そうだなぁ、犬と人との最初の架け橋になるんだったら──。
「……イチ。今日からあなたの名前はイチだよ。宜しくね」
抱き上げながらそう言うと、イチは「ワン!」と元気よく返事した。「一号」とあまり変わらないけど、他にピッタリな名前はないからこれでいいのだ。
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