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遠く、低い山を望みながらあぜ道を進んでいくと、つつましやかな家屋が点々とあらわれる。農村へ辿り着いた太郎は一軒の家を目指し、勢いよく駆け出した。
「わんわんわん! わんわんわん!」
太郎の声を初めて聞いた。竹朗は歩みを止めるが、胸の鼓動はおさまらない。
戸口で跳ねる太郎を見つめながら固唾を飲み込み、旅の終わりを予感した。
しばらくすると、中から初老の男が出てきた。遠目で何と言っているかは聞き取れないが、大きな声で感嘆している。そして太郎をかき抱き、膝を崩して泣いているようだった。
あれが、太郎の家だ。
かわいがられているな。大切にされている。
竹朗の頬にも熱いものが静かに伝う。晴れ晴れとした気持ちの中、すっと一筋の風が吹き抜け、自然に口元が笑んだ。よかった、という言葉しか浮かばない。
「じゃあな、太郎」
滲む視界に、それでもしっかりと太郎の姿を焼きつけて、竹朗は踵を返した。
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