太郎のお伊勢参り

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 竹朗(たけろう)は江戸で下級武士の手伝いをしてして暮らしていたが、突如としてお伊勢参りを思い立った。  ふらりと一人旅に出たのがふた月ほど前のこと。手持ちが十分でなかったため宿場町へ寄るたびに日雇で旅費を稼ぎ、時には施しを受けながらゆっくりと歩みを進めてきた。  しかし、伊勢参宮を目前にして尽きたのは路銀だけではなく、熱意も風前の灯火のごとく。とはいえ、こうして一所で足踏みしていてもどうしようもない。  いっそ、口入屋にでも飛び込んで寝床付きの仕事でも探そうかと考えていたところだった。    二見浦(ふたみがうら)にて賃稼ぎをし始めて十日は過ぎただろうか。荷物持ちが手っ取り早く、車力、米搗き、何でもやった。ここは茶屋が軒を連ねて仕事には事欠かない。さすがは参拝の前に身を清める場所なだけある。  二見輿玉神社に参り、日の出を拝んでから茶屋通りを流すのが竹朗の日課だ。ここからの眺めは心が洗われるような美しさで、日々の焦燥もいくらかはうすらぐ。   「さて、今日は何の仕事を請け負うかな」    そろそろ行こうかと、踵を返したところで一匹の犬とすれ違う。  竹朗は、ふと旅の途中で耳にした『おかげ犬』の話を思い出した。  何十年かに一度の巡りあわせで、全国よりいっせいに参拝者が押し寄せる年があるという。その年は『おかげ年』と呼ばれ、犬の参拝も見受けられたようだ。なんとも眉唾物だが、それがなかなかうまくいくらしい。というのも、参拝者の手助けをすると徳が積めるという話に起因している。犬だろうが、参拝者は参拝者。実際、街道、宿場町ではときどき見かけられ、手助けをして徳を積んだという旅人の話も聞いた。  竹朗はまた向きを変え、犬の後を追った。
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