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 マロンが脱走したのは、ちょうど十日前のことだった。私が大学の前期試験中で一週間ほど祖母の家に行けなくて、代わりに祖母がマロンの散歩をしようとした時らしい。なんでも、リードとハーネスを繋ぐ留め具が上手く嵌っていなくて、そのまま走り去ってしまったのだそうだ。  大学からすぐ駆けつけると、祖母は想像以上に打ちひしがれていた。無理もない。週二日だけの私とは違い、ずっと同じ時間を共にしてきた相棒が居なくなったのだから。心なしか最後に会った時よりも萎んで見える。試験期間だからと甘えず私が散歩すればよかったと、ふつふつと後悔の念が湧きだしてきた。 「そんなに落ち込まないで、私も一緒に探すからさ」 「お腹が空いたらきっとすぐ戻ってくるよ。犬って帰巣本能があるらしいからさ」 「いつ帰ってきてもいいように玄関を開けっぱなしにしてさ、ドッグフードも置いておこうよ」 「朝から何も食べてないの? 駄目だよ、まずは人間様が元気でいなきゃ」 「とりあえず弁当買ってくるから、ちょっと待っててね」  私の呼びかけに祖母は小さく頷く。相変わらず目は虚ろだが、意識ははっきりしているみたいなので少しだけ安堵した。  コンビニに行く途中、母に一応連絡だけしておいた。 「そういうわけだから、今日はお祖母ちゃんの家に泊まるね」 「了解。まあお祖母ちゃんの力になってあげな」 「お母さんもマロンを探すの手伝ってよ」 「私は別にいいけれど、あっちが嫌がるでしょ」 「仲直りするチャンスなのに」 「子どもが生意気いって。大人には色々あるのよ」 「どうせ大した理由じゃないくせに」 「かもね。まあその件はまた今度ね」  電話を切ると、スマホの画面にうっすら汗がついていた。闇の向こうからカエルの大合唱が聞こえてくる。昼と夜との境界線が曖昧なだらしない熱気が、全身にまとわりついてくる。  そうか、もう夏なんだ。弁当と一緒に祖母の好きなアイス饅頭を買って帰ろう。それはとても良い考えのように思えて、自然と歩調が速くなった。
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