トーコさんと私(4)

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トーコさんと私(4)

 絵を教えるようになってから、トーコさんは私を「智絵美さん」と呼ぶようになった。  職場には「田中」姓の従業員は多く、下の名前で呼ばれることが自然だった。同じように、トーコさんも「鈴木」姓であったために下の名前で呼ばれていて、私もそれに倣った。  絵を教えるにあたって、画材を何にするか、まずはそこを話し合った。トーコさんはシリウスをゆっくりとしたペースで描いていきたい、という希望を持っていた。私は油絵を勧めた。油絵であれば、私も描き慣れていたし、道具も家にある。トーコさんに私の道具を譲ると申し出たが、固辞された。 「智絵美さんの気持ちは嬉しいんだけど……シリウスは、私の道具で描いてあげたいの」そう言って、トーコさんは微笑んだ。  絵の道具については、モールのテナントの画材屋で調達できた。バイトの休憩時間や、勤務時間の前後で、トーコさんと時間を合わせて色々見て回り、少しずつ揃えた。道具が揃ってからは、トーコさんの自宅にお邪魔することになった。バイトもあるため、二人の時間が合うおおよそ二週間に一回の間隔だった。
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