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トーコさんと私(5)
絵を教え始めてから分かったが、トーコさんは対象物をしっかり見ていなかった。大体の感覚で描いていくため、途中からバランスが崩れていくと立て直せなくなる。描く対象物を見ていないので、実際のバランスも分かっていないようだった。
まずは、写真の上に薄紙を乗せてシリウスをトレースし、形の感覚を身につけてもらうことからやってみた。シリウスの輪郭をなぞっているトーコさんの横顔は真剣で、それでいてとても優しい眼差しをしていた。
トーコさんは、基本的に器用な人なので、絵も同じようにコツを覚えて上達していった。そうやって少しずつシリウスを描けるようになってから、本格的にキャンバスに描き始めた。
油絵の具の扱い方等、大方のことを伝え終わり、私は「これから後は、トーコさんが自由に描いていってくださいね」と終止符を打とうとした。
「まだまだ分からないことが多いわ。教えて欲しい事もあるし……」
とトーコさんは渋り、交換条件として、トーコさんの家にある、伯父様から譲り受けた蔵書を自由に読んでよい、として絵画教室を続けて欲しいと交渉してきた。
トーコさんの家には、書斎があり、そこには図書館のような書架が設置されていて日本から海外まで、様々な地域の小説や絵本が並べられていた。絵が好きで、本が好きな私にとっては、この上ない快適な空間だった。天国と言っても良いくらいの。
少し悩んだふりをしつつ、私は二つ返事で承諾した。
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