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弥太郎がやれやれという眼差しを向ける先には、今まさに拳をぶつけ合う二人の浪人があった。
(まったく、朝から威勢のいい)
二人の近くには弥太郎を含め4人ほどいるが、誰一人として仲裁に入ろうはとしない。火事と喧嘩は江戸の花、止めるのは野暮というものだ。
一方の名を東作、もう一方を吉兵衛といい、二人は周囲から犬猿の仲と言われている。
ひと段落着いたのか疲弊したのか、二人は殴り合うのをやめ、地べたに座り込んで互いに小言を言っている。
「おうい」
機を見てやや遠慮がちに、弥太郎は声をかけた。
「おう、弥太郎か」
東作は振り返るなり、弥太郎の腕に抱えられている生き物を指さして尋ねた。
「で、今日は何かい?」
弥太郎の住む長屋にて。
「なるほど。このあいだからこいつが居着いてしまって困っている、とな」
そう言いながら、東作は吉兵衛の膝の上で心地よさそうにうたた寝をしている一匹の犬の背を優しく撫でる。
「随分と懐かれているな」
「けっ。犬畜生が」
やり場のない手をぶらぶらさせて、吉兵衛がため息を吐いた。
「きっとお前を仲間だと思っているんだよ」
ふと思い出したように東作が弥太郎の方へ向き直る。
「いつからこの家に来るようになったか、正確に覚えているかい?」
「そうだな...確か四日ほど前の晩だったと思うが...」
弥太郎の返答を聞いてなにか思い当たることがあるらしく東作が手をぽんと叩いた。
「ちょうどその頃じゃないか?富岡の家督がいなくなったってのは」
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