2 再会

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2 再会

(本当なら李徴と来る予定だったんだが…) 目黒のさんま祭り当日。いないと知った人間を待つ程虚しい事は無い。1人で来たというのに何処かで李徴を待ちながら、袁は待ち合わせ場所だった筈の公園で深呼吸をする。血が巡っても時間が巡っても待ち人は来ない。 折角の休み、何かが足りないと分かっているのに何かが何だと分からない。モヤモヤした感覚は休日に予定外の事を思いつかせようとする。 (聞いた話だと、動物園に虎が来たそうだな。近くの山林で発見されたらしいがどうでもいい。) 虎が出るような地域では無い、なのに何故いるかと疑問に思うよりも珍しいものでも見て無理矢理に気分転換する事の方が彼にとっては優先事項だった。 虎…、1人呟く。 言葉の爪や牙に抉られやつれた李徴の様子と、何故か被って見える。 そんな訳無いだろう、と頭を振る。  * 人は自分の置かれた良くない状況を、縛りや窮屈などと表現する事がある。それなのに檻にいる数頭の虎は窮屈そうな生活をしていない。これではどちらが獣か分かったものではないと自嘲する袁の目の前に1頭、虎がやってきて岩場に身を隠した。 「危ないところだった」 ふと声が聞こえた。本当に聞こえたのかは分からない、何しろ虎が人の言葉を語るなどという現象があったとして実際にどう説明したものか。普通に考えて理解できない現象を、どうして袁が理解できたかと訊かれれば「それが友人であったからだ」としか説明しようがない。 その虎は間違いなく李徴であった。 「李徴、まさか李徴か?」 「いかにも、李徴だ」 虎の目にも涙、片や人ならぬ姿になった2人の再会は思いもよらぬ所での出来事となる。己の中に芽生えた野獣が抑えきれなくなる前に、せめて抱えていた痛みを少しでも友に話す事ができていたなら…。彼らがやっていたタイガーマスク運動には、支持する者だけではなく非難する者もいた。ネットの世界を闊歩するアンチと孤軍奮闘を続け、傷つきに傷ついた結果が今。 そんな過去も、今の李徴にとってはどうでも良さそうな事であった。 「色々あって虎になってしまった。」 「その色々がどういう事か説明してくれ、いくら友人と言えど訳が分からないのだ。」 今や両手と両足ではなく前脚と後脚になってしまった4本を伸ばし地面に寝転がった李徴。右の前脚を毛づくろいしながら話をしようとするに、ここは彼にとって居心地の良い空間なのだろう。 「活動に投げられる批判を、俺は許す事ができなかった。日々やってくるそれに戦っていた時は何時食われるかも分からん大自然の中にいるような気分だったよ。いつかテレビで見たタイガーマスクみたいに俺も称賛されるべき事をやっていたと思ってたさ、間違っていやしないとは思うが俺は何処かで自惚れていたのだろう。」 虎だ!虎だ!お前は虎になるのだ!が虎の名を冠したヒーローではなく本物の虎になってしまった。リングの上で悪党と戦うではなく、ネットの上で悪党と戦う事の馬鹿馬鹿しさを後になって理解した事は咎める事ができない。 「お前がいたと言うのに、自分の事を孤独な獣だと思っていたよ。…それが突然、本物になってしまったなんて笑える話じゃないか。」 「……」 積み重ねてきた日々が赤色に黄金色に実る秋(とき)を誰よりも望んでいたのは李徴だっただろう。 「袁よ」 「何だ?」 「秋刀魚、食べたいな」 次の季節が開園前から並んでいるのだろう。この季節の終わりが近いと告げる寒い風。 遠い目をした李徴、もとい虎が悲しげに唸る。「人のしがらみから解放された」と言ってはいるものの、それが果たして正しかったのかこの場で分かりかねる友人の様子に何を言って良いのか分からず、「いくらでも差し入れてやらあ」と答える事しかできずに別れる2人。 ぐるる。と繰り返し唸る虎の声は、泣いているように聞こえる。何と言って良いのか分からない気持ちを紛らわすために袁は酸味を欲してしまった。
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