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小簿先生が、キャリーバッグを床に置き、中にいた仔猫を解放した。仔猫はおずおずと周囲を見渡し、やがてナナの匂いを嗅ぎ始めた。そしてナナに寄り添うように横たわりながら、じっと僕の顔を見つめた。
「⋯先生は知っていたんですね。猫野さんがナナの化身だってこと」
僕が言うと、先生は小さく「ああ」と頷き、話をしてくれた。
「俺と奈津は呪術師の家系なんだよ。力はそんなに強くないが、その源である何かの力が強ければ補助することはできる。胡藤の猫は、俺の夢に現れたんだ。どうか願いを叶えてほしい、力を貸してほしいって。だから偽物の必要書類を作って編入できるようにした。まあ、ちょっとしたまやかしだな。効果は長続きしないから、夏休みが明けた頃にはなかったことになっているだろう」
呪術師──胡散臭く感じてしまうけど、この場では何故か素直に納得できた。それを捕捉するように、奈津が言う。
「呪術は本来、日本人みんなが日常的に使えるものなの。たとえば初詣することも呪術だし、葬儀でお経を読むことも呪術の一つ。お守りも呪術だし、痛いの痛いの飛んでけって言うのも昔から伝わる呪術。ルーティンも呪術だし、もっとも身近なのは音楽。音楽は発祥の経緯からして紛れもない呪術なの。『呪い』という字が使われるけど、本来は『まじない』という意味。それを一定レベルまで高められる存在が呪術師。そもそも日本人は、全員が呪術師とも言える。何ら特別な存在じゃないんだよ。ただわたしたちと一般の人との違いは、呪術が呪術であると知っているかいないかだけ。知っていれば、それを用いる方法が分かる。霊力の強さはあまり関係がないんだ」
続けて小簿先生が言った。
「今回は、その猫の想いがひたすらに強かった。ちゃんと胡藤と話したいと。ちゃんとお礼を伝えたいと。自分が消えてしまった後に、代わりになる存在を与えてやりたいと。それがこの仔猫であり、奈津だった。けど勘違いするなよ。仔猫も奈津も、おまえに導かれてきたんだ。仲介者が猫野だっただけ。胡藤翠という人間がいなければ、そもそも仔猫も奈津も別の相手を見つけていた。おまえが負い目を感じる必要はないからな」
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