僕の記憶、きみのこころ

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ナナの優しさが織り込まれた言葉だった。でも一つ、気になることがある。 「先生、ナナはどうやってお金を作ったんですか? この仔猫、十五万しました。もし本当に猫野さんの情報がまやかしなら、バイトだってできなかったはず。短期間で十五万も作るなんて、ナナはいったい何をして稼いだんですか」 すると小簿先生は、愛念に目を細めて答えた。 「人の弱みに付け込んだ探偵ごっこ、と言ったそうだな。種を明かすと、それは迷い猫探しだったんだ。いなくなってしまった猫を探す貼り紙とか見たことがあるだろう。猫野は本体が猫だから、猫のネットワークを駆使して対象を見つけ出していた。飼い主からすれば少なからず謝礼をはずむ。楽に稼げるバイトも世の中には溢れているが、これは地道な聞き込みや足を使う仕事だ。猫野は仔猫を買うために、かなり頑張っていたんだよ」 僕は口許(くちもと)を手で覆った。そうしなければ叫んでしまいそうだった。僕の見ていないところで頑張っていたナナの魂。ナナの温かいこころが、僕に届いた。これまでの記憶が胸の中で喚き出し、元気だった頃の愛らしいナナを思い起こさせる。 病気だったくせに、喉鳴りでごまかして。 化身だったくせに、快活に振る舞って。 猫野香織という女の子を思うたび、僕はそこにすべてのナナを重ねてしまう。 ついに涙を(こら)え切れなくなったとき、奈津が近づいてきて手を握ってくれた。その温度にも深い優しさを感じ、僕はもうたまらなく、涙を我慢しなかった。 小簿先生は言う。 「一番の呪術は名前なんだ。その者をその者として存在させるもの。だから俺は猫野香織と名づけた。おまえは猫野の匂いを嗅いだことがあったはずだ。太陽の匂いがしなかったか。猫野は自分の匂いをそのように表現していた」 もう分かっている。確かに嗅いだ。香織の髪の匂いは、まさしくナナの匂いにそっくりだった。だからあのとき、僕の胸はときめいたのだ。 「胡藤。おまえの猫は、なんて名前だ?」 先生に訊かれ、僕は掠れ声で答える。 「⋯ナナです。それ以外にないって思うぐらい、即決でした」 まるで記憶から呼び出すように自然と、僕はナナにナナと名づけた。 「そうか。ナナは幸せな猫だな。おまえに出会うために生まれた猫だったんだろう」
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