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そう言ってもらえるだけで僕はどれほど救われるか。ナナに何もしてやれなくて、それがとても苦しくて、一番に守ってやりたかったのに、痛みを緩和してあげることもできなくて。
それを思ったら、あの日に香織が言った言葉が耳に聞こえてきた。
『忘れないで。翠くんは私に対しても、何一つ後ろめたく感じなくていいから』
だって、無理じゃないか。僕はナナにも香織にもしてもらうばかりで、特別な何かを返すことができなかった。その上、代わりになる仔猫を預けられてしまったら、僕のこれからは仔猫のために費やすしかない。ナナを思い出さない日が増えていくかも知れない。そんな残酷なことって、他にあるかよ。
「胡藤」
小簿先生は、語気を強めるように言った。
「ナナはおまえのために頑張ったんだ。お互いに愛情があったから、化身となれるまで自分を強くできた。だからナナとの記憶を穢れにするな。ナナを愛した想いだけを胸に抱いていればいい。人の記憶ってのはな、なかなか忘れないようにできている。忘れているように見えて覚えていることは多い。ナナの死を乗り越えたりしようと思うな。確実にあった愛を否定しようと思うな。マイナス感情は穢れになる。おまえとナナが共に生きた日々は確実におまえの一部なんだ。つらい気持ちもあるだろうが、ナナは確かにおまえを愛した。本当に一途だったよ。だからおまえの記憶はナナのこころ。薄れていくことがあっても消えはしない。いつかきっと、また巡り会えるさ」
本当にそうなら、また僕の近くでくつろいでほしい。ちゃんと愛すし、ちゃんと守るから。もう取り戻せない時間の分まで、精いっぱいに心を尽くすから。そして僕の胸に温もりを感じさせてくれ。初恋の温度を、決して忘れられないあの温度を。僕はその頃、今よりも年を取っているだろうけど、きみが求める僕でいるから。
「翠くん、仔猫の名前はどうする? ゆっくり決める?」
奈津が言ったが、香織に頼まれていたことでもある。候補はたくさん考えていたんだ。でも、今の僕には、これ以外に思いつかない。
「エマにする」
奈津は意味を問うように、僕を見つめた。
「うん。ナナがくれた真の縁。この縁には、よすがという意味もある。ナナがエマを通じて、僕を見守ってくれる日もあるかも知れない。僕にはこの名前が、仔猫にとっていいと思えたんだ」
言うと奈津は微笑んでくれた。
「プラスの意味合いを持つ、いい名前だね。わたしはそれ、すごく素敵だと思うよ」
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